9月議会が終わりました

昨日(9月21日)、9月定例会が終了しました。

9月議会は「決算議会」と言われるように、中心の議案は、「平成29年度決算」です。

「決算」の審議・審査の目的は、市民の税金が本当に必要な事業に効果的に使われたかどうかをチェックするためのものです。 事業の必要性・有効性・効果と課題等を検証し、その事業を継続(拡大・縮小)あるいは廃止、終了すべきかを検討するためのものです。

市の事業は全部で548事業(H29年度)ですが、委員会別にそれぞれの担当分を審査します。2日間の審査ですので、新たに始めたものや執行額の大きい事業を中心に行います。

9月Ⅰ日のブログでも触れましたが、現状は本来の目的を十分に果たしているとは言えません。新たに、「決算特別委員会」を設置し、数か月かけてしっかりと審査し、事業の継続(拡大・縮小)、実施主体・手段の変更、廃止・終了を提案できるようにすることが必要だと思います。

毎年、新規事業がスタートし事業数は増え続けますが、廃止・終了事業はほとんどありません。お金と人は無限にあるわけではありません。

昨日はまた、「一般質問」の最終日で最後が伊藤議員でした。●新庁舎での業務がスタートして●働き方改革に関連して●市長キャラバンについての質問でした。残り時間が2分を切った時、「市長キャラバンについて」の中で、『不適切発言』があったのでは、と休憩に入りました。

およそ2時間後、伊藤議員が「発言の取り消しとお詫び」をして再開されました。

次期市長選挙に再選を目指して立候補を表明(9月19日)した「中原市長」に対し、これまでの「市政運営」全般について厳しい指摘と提案をされたと思います。

本会議のライブ中継は終わっていますが、録画映像が数日後に配信されますのでご覧頂ければ有難いと思います。吉川市のホームページで「吉川市議会」の所から入って行くことが出来ます。

実際の「映像と言葉」を、皆様はどのように受け止め、どうお感じになられるでしょうか。

*伊藤議員の一般質問 9月21日(金)

*「市長キャラバン」については、私も9月20日(木)に一般質問で行っております。合わせてご覧頂ければ幸いです。

秋刀魚(さんま)

大型船(120~130t)でのサンマ漁が8月20日解禁になりました。

豊漁が伝えられ、いよいよ美味しいサンマが食べられると思っていたら、9月6日(木)3時08分、震度7の北海道胆振(いぶり)東部地震が起き、浜値が4倍にもなりました。

サンマ漁は8月~12月頃まで続きますが、9・10月がピークで、大型船の解禁に合わせて、全国から北海道の漁場へ向かいます。気仙沼や小名浜、銚子をはじめ西伊豆や富山の方からも行くようです。

今は根室から襟裳岬沖が主漁場ですが、震源に近い胆振・日高あたりも漁場です。その後サンマは北海道から南下をはじめ、漁場も三陸沖(金華山)、千葉県銚子、和歌山県熊野へと移ります。

春から北上をはじめて、秋には南下します。行も帰りもプランクトンを食べながら大きくなっていきます。相当前ですが、春に北上するサンマの群れが東京湾から隅田川に迷い込んだことがありました。食べた人は、「パサパサで美味しくなかった」と言っていました。やはりサンマは秋です。脂ののった塩焼きは本当に美味しいと思います。

サンマ漁は江戸時代初期、紀州・熊野で獲ったのが始まりと言われています。三重県志摩半島から熊野灘一帯です。和歌山県新宮市の名物に「サンマ寿司」がありますが、奈良県十津川村でも昔から食べられていますので、その頃からの食べ方の一つだと思います。伊豆下田にも、「サンマ寿司」がありますが起源は知りません。

*「サンマ棒受け網漁」が始まって80年近く経ちます。現在は中型船(40トン以下)が中心ですが、かつては小型船(10~20t)での沿岸漁業だったと思います。最近は、韓国・台湾・中国などが大型船で大量にとって行きます。

*「サンマ棒受け網漁」: 夜間、船の右側の集魚灯・誘導灯を点け魚群をおびき寄せます。その間、左側で網を敷く。準備が出来たら右側の集魚灯・誘導灯を後ろから順に消し、左側の集魚灯・誘導灯を前から点けてサンマを誘導。群れがまとまったら、網を一気に手繰り寄せて獲ります。氷を混ぜながら魚倉に入れます。入り切れないサンマは海へ返します。

今年、小型船(10~20t)の解禁は8月10日でした。個人や少人数でやっている零細漁業者を守るため、一番最初に漁が出来るようにしています。当然、収穫量も少なく走りですので高価格となります。

以前勤めていた店で生鮮食品(肉・魚・野菜)を担当したことはありませんが、テナントの「鮮魚店」は毎日覗いていました。 最初、一尾1500~1800円。少し経つと1200~1000円。そして800円・700円・500円と下がって行きました。

最盛期、スーパーでは100円以下で売られることもありましたが、その時でも300円位していたと思います。当時、 一尾1500円とか1000円でも購入されるお客様がいました。やはり、本当に食べたい人にとってはそれだけの価値があると考えているのだと思います。

近い将来、サンマが取れなくなって高級魚「サンマ」1000円、1500円の時代か来るかも知れません。

「サンマの手づかみ漁」というのがあります。以前NHKテレビで紹介されたことがあります。

江戸時代から伝わる方法ですが、漂流物に卵を産み付ける習性(春・秋)を利用したもので す。

小舟の横に、海藻・米俵・むしろ・すのこ等を海面に浮かべ、集まったサンマを手づかみ(時には手網)する漁獲方法です。佐渡沖で「むしろ」を浮かべてやっている姿を映していました。今も続いているのかは分かりません。

サンマが枯渇し取れなくなった時、大型船・中型船での操業は採算面から出来なくなります。その時、どうしても食べたい人のために「サンマの手づかみ漁」が復活するかも知れません。

一体、一尾いくらになるのでしょうか。

災害と備え

「天災は忘れた頃にやってくる」と言われていましたが、最近は忘れる前に次々と起こります。

台風21号による大きな被害が近畿地方を中心にもたらされ、まだ復旧のさ中、今度は「北海道」で震度7の大地震です。

道内すべての電力がダウン。鉄道、空路もストップ、スーパー・コンビニは営業できず、工場の操業も停止。酪農、農業、漁業も。家の電気もつかず、「すすきの」の街も真っ暗となりました。

「市民生活」への影響はもとより、北海道の産業、経済が受けるダメージは大きいと思います。秋は、農業、漁業、観光等、北海道にとって大切な季節です。出来るだけ影響が少ないようにと、祈るばかりです。

今年は、1月に白根山が噴火。4月に震度5強の島根県西部地震。6月は震度6弱大阪北部地震。梅雨明け(6/29)前から異常気象の猛暑が続き、7月は豪雨となり、逆走した変な台風も来ました。そして、北海道胆振(いぶり)東部地震です。

地震後の山崩れや地滑り。空から撮影された写真や動画、テレビに映し出される光景は時間を追うごとに、被害を受けた人々の様子を生々しく伝えています。 倒壊した家の中に残る近親者の「無事」を願い必死に叫ぶ姿や、土砂に向かって『早く見つけてほしい』と祈る姿から、悲しみが伝わってきます。 心配と不安の中で憔悴した方々に、掛ける言葉もありません。

「首都直下型」「東海」大地震もいつ起きるか分かりません。いつ起きても、不思議ではありません。日本列島に、ここは安全という所はないと思います。

時や場所、私たちの生活、政治、経済の状況に関わりなく、「災害」は起こります。

多くの人はこの先、地震・津波・水害そして事故等に『遭うことがあるかも知れない』と考えてはいますが、『自分は大丈夫だろう』『何とかなる』と思っているのではないでしょうか。私もその一人です。

人は日々の生活の中で常に、「災害」を意識して生きている訳ではありません。

「水・食料・燃料・トイレ(便袋)等」の備蓄はしていますが、「電気・水道・ガス・水洗トイレ」を使わない1日を実践していません。やはり、年に一日でも「インフラ」が止まった時の生活を実体験しなければと思います。

25年程前、マンションの電気室が水没し数日間、「電気・水道・ガス・水洗トイレ」の使えない生活をしたことがあります。 快適なマンション生活は、最悪の生活になりました。

11階まで階段を使い、20リットルの水を運び、1階に設置した仮設トイレを利用。お風呂は駅前の温泉に行きました。夜、懐中電灯やローソクの下で何かを食べたように思います。時間とともに、いつの間にか忘れて行ったようです。

今日は私の住んでいるマンションの「防災訓練」の日でした。 「安否確認訓練」と防災講話「災害に強いまちづくり(水害対策)」に参加し、「あの日」を思い出しました。

選択と集中

台風の影響で無残な姿になった朝顔(ベランダの鉢植え)が、1週間ぶりに花をつけました。

最盛期の大きさの四分の一位になって、ミニ朝顔のようです。ツルの下の方を見ると「種」が出来ています。役割を果たし、次の準備をしています。やはり季節の変わり目ですね。

昨日(8/31)から9月議会が始まりました。会期は9月21日(金)までの22日間で、29年度の「決算」の審議・審査が中心です。

市が実施している事業は500~600あると思いますが、それぞれの事業について「成果と課題」を明らかにした上で今後の進め方を検討するためのものです。 継続(拡大・修正・縮小)するのか、止めるのかを判断するためには、多角的な視点としっかりとした検証が必要とされます。

委員会での審査は、主に新たな取り組み(29年度に始まった)や各委員の関心の高い事業についての質疑が中心です。「主要政策成果表」を基準にした答弁となりますが、なかなか今後の方針や進め方を議論するところまでは行っていないのが現状です。

そろそろ「決算特別委員会」を設け、「成果と課題」を検証した上で『改善(実施主体・手段)』や『縮小・廃止・休止』等を議会として提案すべき時期だと思います。手間ひまかかることですが、議会が本来すべき仕事です。

「主要政策成果表」の最後に今後の方針が記載されていますが、ほとんど『現状のまま継続』となっています。所管部署が行う事務事業評価ですので、当然と言えば当然です。継続的にやらなければならない仕事が多くあることも事実ですが、そのやり方(実施主体・手段)については『改善』の余地があると思います。

言葉だけの「選択と集中」としないためにも、やらなければと考えています。

吉川市が出した「事務事業評価」のとりまとめ結果(8/31配布)によれば、2次評価での今後の方針は548事業中、『現状のまま継続』457本83.4%。『改善のうえで継続』73本13.3%。他の事業に統合8本1.5%。廃止・休止2本0.4%。終了・完了8本1.5%となっています。

 

 

 

全国政策研究集会

昨夜、沼津で開かれていた「第10回全国政策研究集会」から戻ってきました。

武蔵野線の車内から見た「月」がきれいでした。まわりの星も輝いていました。しばらく見とれているうちに吉川へ着きました。

数日前から我が家の居間で寝ながら見ていましたが、昨日は「満月」でした。 いにしえの時代から世界中の人が「月」に魅了されてきましたが、やはり「月」はきれいだと思います。

沼津の街は久しぶりです。四半世紀以上経っていると思います。 駅前ロータリーの雰囲気も変わっていました。新しいビルやホテルが増えたように思います。

私が在籍していた時に沼津店は閉店しましたが、店には棚卸しの応援で数回行きました。棚卸が適正に行われているかどうかを確認する仕事です。大型店では棚卸そのものを手伝うこともありましたが、ローカルの中・小店では検査が主でした。

前日から現地に入り、店の各フロアーを回って棚卸準備状況を確認したり、町やお客様のことを聞いたりしていました。 夜は、店長やスタッフと一緒に飲むこともありました。 沼津に限らずいろいろな所へ行きましたが、そこの土地の美味しいものを肴に、店のメンバーと一緒に一杯やるのが楽しみでもありました。

翌日はお互いに、真面目に棚卸業務に励みました。

「全国政策研究集会」へは5年前から参加しています。今回は、『富士山のもとで、地方自治体の未来を考える~憲法・国民投票・地方自治』がテーマです。

8月24日(金)12:50分~主催者の上原公子(元国立市長)と沼津市長(賴重秀一)挨拶、13:10~13:50特別講演「静岡県から地方自治を考える(川勝平太静岡県知事)」、14:00~16:00基調講演「日本一わかりやすい憲法のはなし(大阪国際大学准教授・全日本おばちゃん党代表代行)」、16:15~18:15分科会1-1国民投票と地方自治、1-2憲法・地方自治・議員のめざす姿、1-3地域からのエネルギーシフト!再生可能エネルギーへ。18:45からは交流会でした。分科会は1-2を選びました。

8月25日(土)9:30~分科会2-1「個として繋がり合い、支え合って行ける社会づくり」若者・生活困窮者支援、2-2「自転車×まちづくり」新たな次元の社会政策を考える、2-3超巨大プロジェクト「リニア中央新幹線」が日本を破壊する?!11:50~全体報告と閉会式で12:20分頃に終わりました。分科会は2-1を選択。12:40~はオプショナルツアーへ参加。ツアーは、①「川の流れ」を活かしたまちづくり ②「文化財保護と開発」 ③沼津市のサイクルツーリズムを体験する。 ④「浜岡原発の視察」は8月23日(木)に実施。私は③のサイクルツーリズムの体験に参加しました。

今回の研修で良かったのは、川勝知事の講演と若者・生活困窮者支援そしてサイクルツーリズムの体験ツアーでした。

川勝知事のお話しは初めて伺いました。地方分権については、首都機能を那須野が原へ移し日本を「四洲」に再編、東京一極時代と決別する。憲法9条に「防災と富士山」を規定する、というもの。首都機能の移転や道州制の問題は以前から議論・提案されていることですが、憲法9条に「防災と富士山」を規定するというのは大胆な発想です。またその根拠について、学者らしい?説明をされる姿にオモシロイ方だと思いました。

若者・生活困窮者支援では、静岡県立大学教授津富宏さんのお話しが印象的でした。元少年院の教官だったそうですが現在、NPO法人青少年就労支援ネットワーク静岡の代表でもあります。実践活動家と研究者としての目を通じ、問題の本質を考え、見極め、取り組みをしているように感じました。犯罪学を勉強していたそうですが、人間に対する理解が深い方だと思います。

沼津市のサイクルツーリズム体験では、海岸線を実際に走ってきました。

沼津市では、2020年東京オリンピック自転車競技の一部会場が伊豆市になることを契機に「海越しの富士山が見える日本有数の景観」等の魅力を発信し、沼津・伊豆エリアをサイクリストが選ぶ、日本一・世界一のサイクリストフレンドリーエリアに育てる「創造プロジェクト」を平成28年度からスタートしています。今年3年目ですが、伊豆市・伊豆の国市・函南町とも連携しています。

サイクルステーション、道路状況、見どころ、休憩・買い物ポイント等、これまでの整備事業も確認しながら海岸線を2時間の行程で走りました。車道を一般の車と一緒に走ることで、いろいろな事が分ります。トンネル内の走行は結構怖い感じです。観光スポットでは、横断歩道を渡る団体客やバス・マイカーにも注意が必要でした。

スタート(ゴール)のサイクルステーションは廃校になった小学校でした。ここで、一般道を走る際の注意やツアーコース説明を受け、終了後にはこれまでの取り組み・事業内容、これからの計画等について質疑応答。また、感想等を話し合いました。

私が最も驚いたことは、この「創造プロジェクト」が庁内の組織を横断的に人選したチームだという事でした。リーダーは、産業振興部長、スポーツ交流推進室長ですが他は「地域おこし協力隊(ボランティア)」として参加している職員です。所属部署での仕事をしながら、このプロジェクトに参加しています。

今回のツアーで、「地域おこし協力隊」の職員(10人位はいらした)にお世話になりましたが、皆さんとてもいい顔をされていました。

やはり、「やりたい仕事」をしているからでしょうか。

 

*「自転車×まちづくり」の講師は小林成基さんですが、7月11日に地方政治改革ネットの勉強会に来て頂き「自転車活用推進法」をテーマに、また2月1日の政策研究会(衆議院議員会館)で国交省の担当者と小林さんのお話は伺っていますので、分科会は「若者・生活困窮者支援」、オプショナルツアーを「サイクルツーリズム体験」にしました。

 

 

 

夏の終わりに

昨日・今日と、「涼しい朝」を迎えています。

昨夜、アルミサッシのドアを少し開けて寝ていましたが、4時半頃「冷たい風」で目が覚めました。

湿度が低いので余計に涼しく感じます。 家の中の気温は28℃です。 一気に「秋」の装いですが、まだまだ残暑は続きそうです。

ここ数日、「アイスノン」と魚屋さんでもらった「蓄冷剤」を2段重ねにして、「枕」にしています。今朝は下の「蓄冷剤」はまだ解けていませんでした。

ようやく「沸騰」していた頭が落ち着いてきました。 8月はヒロシマ、ナガサキ、終戦記念日そして旧盆と考えさせられることが続き、加えて市のことや議会のことを考えると頭が一杯になってしまいます。

8月12日(日)、6月議会報告(7/12発行)のポスティングがやっと終わりました。例年は7月中には終わりますが、今年は8月へ入ってしまいました。

厳しい暑さもあり、配布は早朝と夕方以降に集中しましたが、3日程お昼過ぎまでやりました。経験した事のない暑さでした。

そして13日(月)からは、家の「片づけ」とこの10年余の書類や資料の「整理」をしていました。「片づけ」はエアコン設置のためです。28年間続けてきたエアコンのない『生活』が終わります。

先程まで書類整理をやっていましたが、おおよそ片付いてきましたのでこれから「夏休み」に入ります。 まず、ベランダにある「いちょう」の鉢植えの土を入れ替えます。明日は山へ行きたいと思います。今年初めてなので、奥多摩の初心者コース「高水三山」がいいと思います。

来週からは9月議会の準備に入ります。

21日(火)に議案書を頂き、22・23・28日が勉強会。24・25日は「全国政策研究会」で沼津へ行きます。27日は議運。30日は千葉県「白井市」へ行政視察に伺います。そして31日(金)から「9月議会」が始まります。

*追記(8/23): 次回のブログアップは、8月26(日)になります。24・25日開催の「全国政策研究会(自治体議員政策情報センター・虹とみどり)」へ参加のため。

辞世の句

「散る桜 残る桜も 散る桜」、良寛の辞世の句と言われています。

古くから「桜」の木は日本中に見られ、身分に関わりなく親しまれてきた「花」だと思います。

「稲作」とも深い関わりがありました。 桜の「開花」は、種もみを苗代に撒く「種まき」や「田植え」の時期を知らせる役目を果たしていました。暦の上だけではなく、地中の温度や水温を桜の開花と結び付けて判断していたと考えられます。

早い春を迎えるのか遅い春になるのかは、その年によって異なります。 今でも各地に、『種まき桜』や『田植え桜』が見られるのはその名残です。

この句は、太平洋戦争の時、特攻隊員の遺書にも引用されました。桜の花が散る様子を当時、「いさぎよく」死ぬことを美徳とした日本人の「死生観」と一致すると考えたのかも知れません。

良寛は「生まれたからには死ぬ」という意味で詠んだようです。 また、死期の近い良寛がつぶやいたと言われる、「うらを見せ おもてを見せて 散るもみぢ」は愛唱の句で、「思い残すことはない」「死ぬのも生きるのも運命」との考えを表したもので、「いさぎよく」死ぬ、という事ではなかったように思います。

義父は軍艦に乗っていました。

私が預かった海軍士官短剣は全長38㎝、刃渡りは19.5㎝のものです。戦後、刃をグラインダーで削り、切れない短剣にしています(少し縮んだように見えます)。

握る所に2か所、「桜の花びら」が付いています。 何十年ぶりで、手にしました。

*良寛和尚(曹洞宗僧侶): 江戸時代後期、越後の国出雲崎で名主兼神職の長男として生まれ、18歳の頃出家。円通寺(岡山県・倉敷)で12年修業の後、放浪の旅へ。40歳の頃越後へ戻り、粗末な草庵に住み、生命のある全ての自然と子どもを愛し、遊び、書を書き、托鉢で暮らす。多くの和歌(1300)・俳句(100)・漢詩(600)を残した。書の達人(号は大愚)。和歌では、【この里に手鞠つきつつ子供らと遊ぶ春日は暮れずともよし】等。

平和のつどい・戦没者追悼式

吉川市平和のつどい・戦没者追悼式が今日、「市民交流センターおあしす」で開催されました。

 毎年、8月第1週の土曜日に行われています。私は11回目の出席です。列席されている「遺族会」の方々の高齢化も進んでいます。

吉川市出身の戦没者は400柱を超えています。当時の人口を考えれば、いかに大変な戦争だったかが分ります。働き手を失った家族の苦労は、都市でも農村でも変わらないものだと思います。

旧庁舎敷地の一角に戦没者の名前が刻まれた慰霊碑があります。古くからこの地で暮らしていた方々の名前が見られます。

私のところでは、父の弟(叔父)がサイパンで戦死したと聞いています。母の兄(伯父)は中国へ行きました。

叔父のことは知りません。私が生まれた時にはすでにおりません。区役所に勤めていたと聞いています。 父が退職後、母と一緒にサイパンへ慰霊の旅に行きました。船から花を投げている写真を見たように思います。行く前にお線香等を用意していました。

中国から帰った伯父からは、戦地での生活や町の様子を聞いた記憶があります。 お酒を飲むと、よく分からない中国の歌を歌ったり、片言の中国語を話していました。随分とひどいこともしたようです。 天井裏に置いてある軍刀を見せてもらったこともありました。

子どもの頃、終戦記念日が近づくと必ず「すいとん」が食卓に上がりました。不満を言うと、『戦争中はこんなに美味しいものは食べられなかった。』と両親が口をそろえて言っていました。

毎年、我が家でもこの時期には「すいとん」の日があります。妻が用意してくれます。 「すいとん」を食べると、子どもの頃を思い出します。

橘曙覧

『たのしみは朝おきいでて昨日(きのう)まで無かりし花の咲ける見る時』

幕末の歌人・国学者である橘曙覧(たちばなあけみ、たちばなのあけみ)の歌です。中学か高校の教科書に、良寛の歌と一緒に載っていました。

今朝、ベランダに置いてある「朝顔」の鉢植えに、紫に白が混じった花が二輪咲いていました。思わず、橘曙覧のこの歌を思い出しました。 なぜか覚えています。

「たのしみは」で始まる歌は52首あるそうですが、どれも日常生活を身近な言葉で詠んだ和歌です。

清貧の中、妻や家族とともに日々の暮らしの中での楽しみ、喜びを詠んでいます。自然や家族を暖かく見つめ、歌からは豊かさ、喜びが伝わってきます。

『たのしみは妻子(めこ)むつまじくうちつどひ頭(かしら)ならべて物をくふ時』という歌もあります。

橘曙覧は慶応4年(1868)8月28日に亡くなりました。明治になる10日前です。

当時は当たり前だった貧しい生活の中で、豊かに生きた日本人の姿、人生観が浮かんできます。私自身の生き方と比べてしまいます。

『たのしみは朝おきいでて昨日(きのう)まで無かりし花の咲ける見る時』は、1994年(平成6)6月に今上天皇、皇后が訪米した際、ビル・クリントン大統領が歓迎挨拶のスピーチに引用した事でも知られています。

歳を重ねることで、先人の「生き方」が理解できることもあるように思います。

*こんな歌もありました。『たのしみは錢なくなりてわびをるに人の來(きた)りて錢くれし時』

池上彰さんの「夜間授業」

昨日、池上彰さんの〈夜間授業〉「〝戦後〟を作った10人の日本人」第3回「小泉純一郎」へ行ってきました。 今回で2回目の参加です。

池上さんは前回同様いきなり話はじめ、「小泉純一郎」さんを『毀誉褒貶(きよほうへん)』の人としました。 褒めることとけなすことのある、功罪ある人だと言いました。

また、その人となりについて、【語彙力のない・ぶれない・表裏のない・他人の悪口を言わない】人。そして【有権者に媚びることのない・反対する人や勢力に対しては、説得することなく切り捨てる】人だとも。

その上で、郵政民営化、北朝鮮外交、イラクへの自衛隊派遣、官邸機能強化とメディア戦略、官邸主導の確立、衆議院解散、田中真紀子更迭等について、「小泉純一郎」の考え方の背景や関わりについて話されました。同時に、安倍政権の手法や今日の政治状況への繋がりを説明していました。田中外相更迭の所は週刊誌的でしたが、その他は的確な分析のように感じました。

「小泉純一郎」といえば、2001年(平成13)大相撲夏場所優勝の貴乃花に、『痛みに耐えてよく頑張った。感動した。』という言葉が浮かびます。短い言葉で相手に伝えることが出来る稀な政治家だという印象でした。それが、対談した池上さんによれば、「もともと語彙の少ない人」というのは驚きでした。

訪米した小泉首相が、米ブッシュ大統領の別荘(農場)で、エルビスプレスリーの真似をしてギター(エアー)を弾いて歌う姿がテレビで放映されたことがありました。ブッシュ一家の満面の笑顔が忘れられません。

小泉さんの相手の懐に入り込む力は「スゴイ」と思うとともに、アメリカでここまで出来る時代になったのかと驚きました。戦後は終わったと感じました。祖父で逓信大臣だった小泉又次郎(全身に刺青を施していたため「いれずみ大臣」と呼ばれた)の影響があるのかも知れません。

実際の所は分かりませんが、「小泉純一郎」は今、月に数回の「反原発講演」とオペラ、歌舞伎三昧の生活だそうです。

次男「小泉進次郎」さんについては、『40歳までは*雌伏』だと言っているそうです。しかし、政治の世界。いつ何があるか分かりません。

「進次郎」さんは「父の演説」と「落語」で研究をしてきたそうですが、テレビでのコメント等を聞くと父親を超える表現力のある方だと思います。

*雌伏(しふく): 将来活躍する機会がくるのをじっと耐えて待つこと。