夏の終わりに

ここ数日、尋常でない暑さが続きました。

これだけ暑いと、家中の物から身体まで皆熱くなり、何もする気が起きません。そうは言っても先週は、9月議会を前に代表者会議をはじめ勉強会等がありましたので、連日市役所へ行っておりました。

クーラーのない我が家では、窓を全開し、扇風機を回していましたが「熱風」でした。夜は、『アイスノン』を2重に重ねた「枕」が、私の猛暑対策です。

ついこの間まで、雨が降ったり曇天の日が続き、『夏はどこへ行ってしまったか』と思っていました。海水浴場や遊園地のプールは閑古鳥が鳴き、行楽地からは「悲鳴とため息」が聞こえてくるようでした。

また、野菜や稲の成育と収穫に大きな影響が出るだろうと心配されます。さらに集中豪雨、土砂災害等で被害を受けた方々には、踏んだり蹴ったりの「夏」です。

大きく見れば、温暖化の中での「異常気象」。数十年に一度の「天変地異」かも知れません。

しかし、その影響を受けた人達にとっては、「行き場のない怒り」を抱えたまま終わる「夏」だと思います。

今朝、5時頃ベランダへ出てみると、「アサガオ」が種を結び、最後に小さな花を咲かせていました。 そして「ヒンヤリした風」は、確実に、秋の訪れを告げているように感じました。

*ブログの更新が1日遅れました。お許しください。

「蝉」はスゴイ!

今朝7時半頃、突然「蝉」が鳴き止みました。

久しぶりの散歩。池のほとりを歩いていると、「蝉」が鳴き止み「虫達」の声が聞こえてきました。

「蝉」の朝は早く、4時半ごろからもの凄い勢いで鳴いています。特にミンミンゼミの声が聞こえます。 よくあんな小さな身体で、大きな鳴き声が出せるのか不思議です。メスへの求愛なのか自分の存在を示しているのか分かりませんが、2~3匹一緒に鳴くとすさまじい音量です。

ここしばらく、「蝉」を捕る子ども達の姿を見ることはありません。今考えると、何年もの間、土の中で『地中生活』を過ごし、地上へ出てから1ヶ月程で死んでしまう「蝉」なので、捕らなくてもいいと思いますが、少しさみしい気もします。

昔の子ども達にとって「夏休み」の定番は、昆虫採集と植物採集です。遊びと宿題(自由研究)を兼ねたものでした。 私も、近所の子ども達と一緒に虫を捕りに行きました。『押し花』にする草花も摘み、チョウやセミ、クワガタ等を捕え、『標本』にしました。

区民プールも楽しみでした。泳いだ後、隣の公園で食べる屋台の「おでん」は最高でした。からしを塗った竹輪、ホッカホッカのジャガイモで身体も心も満たされました。

そして、夏に「夕立」はつきものでした。突然、生暖かい風が吹き、真っ黒な雲が広がりいくつもの雷が轟き、土砂降りの雨。

そしてまた、元の青空。厳しい日差し。空には虹が出て、涼しい風が通りを抜ける。

あの夏の「夕立」と雨上がりの「風」はどこへ行ってしまったのでしょうか。

そんなことを思い起こしていると、雨が降ってきました。 霧雨のような柔らかい雨でした。 ああ、やっぱり雨が降ってきた。「蝉」はスゴイ!

議会活動報告第2弾

6月議会の「活動報告」は6月28日に発行。新聞折り込みに、17,000を入れ、7,000部のポスティングも7月11日に完了しました。

第2弾として、私の「文教福祉常任委員長辞任問題」の特集号を作成しました。8月8・9日に印刷し、10日(木)と今日12日(土)に新聞折り込みをしました。今回も印刷機が動かなくなり、修理を依頼。何とかお盆前に発行することが出来ました。

「委員長辞任」に至る経緯と理由そして、その背景を明らかにするととも「吉川市」・「吉川市議会」の現状、課題と期待をまとめました。 これらを通して、議会の現状や私たちが目指す「すまちづくり」と「議会と議員の役割」について一緒に考えて頂ければありがたい、との思いです。

「吉川市」・「吉川市議会」の現状、課題と期待については、元朝日新聞政治部長の「羽原 清雅」さんに原稿を依頼しました。外から見た目も必要、と考えてのことです。

伊藤さんと一緒の「議会報告」を作って10年目ですが、これ程何度も何度も書き直したことはありません。改めて自分の文才の無さと、『伝え方』、『伝わり方』の難しさを学びました。

私たちにとっては歴史に残る「議会報告」だと思っています。 ぜひご一読ください。

2017年08月特別号

「原爆の日」

今日8月6日(日)、広島に「原爆」が投下されて72回目の日を迎えました。長崎への投下は8月9日。

広島では今年も平和祈念式典が開催され、テレビでもその様子が伝えられていました。核兵器の廃絶、世界の恒久平和は人類の願いですが、未だに実現されていません。

7月、国連では核兵器禁止条約が120か国の賛成で採択されました。しかし、核保有国とともにアメリカの核の傘の下にいる日本は反対しました。

唯一の被爆国としてこれまで、「核廃絶」を訴えてきた日本の立場からすると、今回の対応は国内でも国外からも理解されにくいと思います。 個々の国が核武装をしたり、同盟国の「核の傘」で守られる「安全保障」から、「地球全体(人類)の安全保障」へと変わってきていることは皆分かっています。それでも進みません。

日本は役割を果たす責任があり、もっとリーダーシップを発揮してほしいと思います。 被爆国で核を持たない日本だからこそ、説得力を持って訴えることが出来ると思うのですが。

昨日8月5日(土)は、『吉川市平和のつどい 戦没者追悼式』が午前10時から12時まで、市民交流センター「おあしす」で行われました。

昨年と同じ、「戦没者追悼式」と「平和のつどい」の2部構成ですが、「平和のつどい」で新たに吹奏楽部の演奏とコーラスが加わりました。今回は東中学校吹奏楽部の皆さんでした。

平和映像の上映と語り部(埼玉県原爆被害者協議会 上野知子さん)による講演。内容は、10歳の時、長崎で受けた被爆体験、戦争体験と平和への思いです。これに「演奏とコーラス」が加わったことで、訴える力が大きくなったと思います。 歌の力は大きいと思います。平和の歌声は、女性合唱団 ラ・メールでした。

午後は市役所で会派のミーティング。6時からは吉川平成園の盆踊り大会へ。

入所者と家族、職員、地域の方々との交流会です。 模擬店や盆踊りそして受付、交通整理等、近隣自治会をはじめ各種団体の協力で運営されていました。 20数年続いていると聞きます。

帰りに「きよみ野」のお祭りを覗きました。永田公園で盛大に行われておりました。 丁度、最後の抽選会の時で、参加者が中央に設けられたステージを取り囲み「当選者」が商品を受け取っていました。 何か懐かしい風景でした。

30年近く前、マンションに引っ越してきて程なく、「夏祭り」と「冬まつり」を始めました。 テントを張って模擬店を出し、ゲームコーナーを設けたりバザーも。 最後は、やはり大抽選会です。景品集めに市内を駆け回りました。 『子ども達にとって、ここがふるさとになる。だから、いい思い出になるお祭りにしよう!』皆、そんな気持ちでした。

*また1日遅れのブログ更新です。申し訳ありません。『吉川市平和のつどい 戦没者追悼式』については、昨年と一昨年にも書いています。ご参照していただければ幸いです。