オハツキイチョウ

先日、「銀杏」を頂きました。

秋の訪れを感じます。割って薄皮を剝くと緑の宝石のようです。

独特の味わいで、茶わん蒸しに入ると一味変わります。酒のつまみにもなりますが、一度に沢山食べない方が良いと聞きます。一回に2つ3つ食べれば十分です。

8月の終わりに植え替えたイチョウの木ですが、実生から育ったものです。ベランダに置いてありますが10年位は経っていると思います。鉢植えですのでそれ程は大きくありません。

これまで植え替えもせずにいたら、この夏の暑さで樹勢がなくなり上の方が枯れてきてしまいました。 何んとか元気を取り戻してほしいと、土を入れ替え水をあげていますが、まだどうなるか分かりません。

以前、山梨県身延町へ行ったときに上沢寺(だったと思います)のご住職から頂いた「銀杏」から生まれたものです。 身延町へは11月の終わりにイチョウの木を2本見に行きました。八木沢の「オハツキイチョウ」と下山の上沢寺(じょうたくじ)の「オハツキイチョウ」です。

八木沢へは甲府から身延線に乗り換え富士川沿いに走り、下部温泉で下りて行きました。雄の木で樹齢は300年、樹高25m、幹周3.0mです。対岸へはタクシーを利用しました。

上沢寺は富士川の対岸にある日蓮宗のお寺です。境内にある「オハツキイチョウ」は雌の木で、幹周6.8m、樹高38m、樹齢は700年。 花粉が富士川を渡り、受精して実を付けます。

我々が熱心に「オハツキイチョウ」を眺めていると住職が出てこられ、木を見ながらしばらく話をしました。帰る時に「銀杏」を沢山頂きました。境内には大きな桶(樽)で作った庵のようなものがありました。住職は、『この中でお経を読むこともある』というので、なぜかと伺うと『足る(樽)を知る』と答えました。

「オハツキイチョウ」はイチョウの変種で、葉の上に実を結ぶ珍しい木です。全国で20本位と言われていますが、身延町周辺に多く見られます。 ほとんどが、日蓮上人が植えたと伝えられており、日蓮宗のお寺です。

イチョウは生きている化石とも言われ、イチョウの仲間はイチョウしかいないようです。それ自体が珍しい木です。あの独特な葉っぱの形状は他には見られないと思います。見れば見るほど不思議な葉っぱです。11月中ごろから黄葉、一晩で全て落葉することもあります。 一緒に行った「樹木」の先生からは、『もともと日本には無い木で中国から伝わった。保水力が強いので、「防火と人集め」のために多くの神社仏閣が植えた』と聞きました。

確かに延焼を防ぎ、半分枯れた木が時々見られます。 火災の類焼を防ぎ、珍しい木で人を集める「一石二鳥」を狙ったようです。何時の時代も、人は珍しいものを見たがるようです。

いつになるか分かりませんが、我が家の「オハツキイチョウ」が実を結んだら、お見せしたいと思います。

*更新がⅠ日遅れました。申しわけありません。

9月議会が終わりました

昨日(9月21日)、9月定例会が終了しました。

9月議会は「決算議会」と言われるように、中心の議案は、「平成29年度決算」です。

「決算」の審議・審査の目的は、市民の税金が本当に必要な事業に効果的に使われたかどうかをチェックするためのものです。 事業の必要性・有効性・効果と課題等を検証し、その事業を継続(拡大・縮小)あるいは廃止、終了すべきかを検討するためのものです。

市の事業は全部で548事業(H29年度)ですが、委員会別にそれぞれの担当分を審査します。2日間の審査ですので、新たに始めたものや執行額の大きい事業を中心に行います。

9月Ⅰ日のブログでも触れましたが、現状は本来の目的を十分に果たしているとは言えません。新たに、「決算特別委員会」を設置し、数か月かけてしっかりと審査し、事業の継続(拡大・縮小)、実施主体・手段の変更、廃止・終了を提案できるようにすることが必要だと思います。

毎年、新規事業がスタートし事業数は増え続けますが、廃止・終了事業はほとんどありません。お金と人は無限にあるわけではありません。

昨日はまた、「一般質問」の最終日で最後が伊藤議員でした。●新庁舎での業務がスタートして●働き方改革に関連して●市長キャラバンについての質問でした。残り時間が2分を切った時、「市長キャラバンについて」の中で、『不適切発言』があったのでは、と休憩に入りました。

およそ2時間後、伊藤議員が「発言の取り消しとお詫び」をして再開されました。

次期市長選挙に再選を目指して立候補を表明(9月19日)した「中原市長」に対し、これまでの「市政運営」全般について厳しい指摘と提案をされたと思います。

本会議のライブ中継は終わっていますが、録画映像が数日後に配信されますのでご覧頂ければ有難いと思います。吉川市のホームページで「吉川市議会」の所から入って行くことが出来ます。

実際の「映像と言葉」を、皆様はどのように受け止め、どうお感じになられるでしょうか。

*伊藤議員の一般質問 9月21日(金)

*「市長キャラバン」及び「次年度への思い(市長選挙)」については、私も9月20日(木)に一般質問で行っております。合わせてご覧頂ければ幸いです。

*先程(9月27日夕刻に確認)、伊藤さんの録画映像がアップされました。

秋刀魚(さんま)

大型船(120~130t)でのサンマ漁が8月20日解禁になりました。

豊漁が伝えられ、いよいよ美味しいサンマが食べられると思っていたら、9月6日(木)3時08分、震度7の北海道胆振(いぶり)東部地震が起き、浜値が4倍にもなりました。

サンマ漁は8月~12月頃まで続きますが、9・10月がピークで、大型船の解禁に合わせて、全国から北海道の漁場へ向かいます。気仙沼や小名浜、銚子をはじめ西伊豆や富山の方からも行くようです。

今は根室から襟裳岬沖が主漁場ですが、震源に近い胆振・日高あたりも漁場です。その後サンマは北海道から南下をはじめ、漁場も三陸沖(金華山)、千葉県銚子、和歌山県熊野へと移ります。

春から北上をはじめて、秋には南下します。行も帰りもプランクトンを食べながら大きくなっていきます。相当前ですが、春に北上するサンマの群れが東京湾から隅田川に迷い込んだことがありました。食べた人は、「パサパサで美味しくなかった」と言っていました。やはりサンマは秋です。脂ののった塩焼きは本当に美味しいと思います。

サンマ漁は江戸時代初期、紀州・熊野で獲ったのが始まりと言われています。三重県志摩半島から熊野灘一帯です。和歌山県新宮市の名物に「サンマ寿司」がありますが、奈良県十津川村でも昔から食べられていますので、その頃からの食べ方の一つだと思います。伊豆下田にも、「サンマ寿司」がありますが起源は知りません。

*「サンマ棒受け網漁」が始まって80年近く経ちます。現在は中型船(40トン以下)が中心ですが、かつては小型船(10~20t)での沿岸漁業だったと思います。最近は、韓国・台湾・中国などが大型船で大量にとって行きます。

*「サンマ棒受け網漁」: 夜間、船の右側の集魚灯・誘導灯を点け魚群をおびき寄せます。その間、左側で網を敷く。準備が出来たら右側の集魚灯・誘導灯を後ろから順に消し、左側の集魚灯・誘導灯を前から点けてサンマを誘導。群れがまとまったら、網を一気に手繰り寄せて獲ります。氷を混ぜながら魚倉に入れます。入り切れないサンマは海へ返します。

今年、小型船(10~20t)の解禁は8月10日でした。個人や少人数でやっている零細漁業者を守るため、一番最初に漁が出来るようにしています。当然、収穫量も少なく走りですので高価格となります。

以前勤めていた店で生鮮食品(肉・魚・野菜)を担当したことはありませんが、テナントの「鮮魚店」は毎日覗いていました。 最初、一尾1500~1800円。少し経つと1200~1000円。そして800円・700円・500円と下がって行きました。

最盛期、スーパーでは100円以下で売られることもありましたが、その時でも300円位していたと思います。当時、 一尾1500円とか1000円でも購入されるお客様がいました。やはり、本当に食べたい人にとってはそれだけの価値があると考えているのだと思います。

近い将来、サンマが取れなくなって高級魚「サンマ」1000円、1500円の時代か来るかも知れません。

「サンマの手づかみ漁」というのがあります。以前NHKテレビで紹介されたことがあります。

江戸時代から伝わる方法ですが、漂流物に卵を産み付ける習性(春・秋)を利用したもので す。

小舟の横に、海藻・米俵・むしろ・すのこ等を海面に浮かべ、集まったサンマを手づかみ(時には手網)する漁獲方法です。佐渡沖で「むしろ」を浮かべてやっている姿を映していました。今も続いているのかは分かりません。

サンマが枯渇し取れなくなった時、大型船・中型船での操業は採算面から出来なくなります。その時、どうしても食べたい人のために「サンマの手づかみ漁」が復活するかも知れません。

一体、一尾いくらになるのでしょうか。

災害と備え

「天災は忘れた頃にやってくる」と言われていましたが、最近は忘れる前に次々と起こります。

台風21号による大きな被害が近畿地方を中心にもたらされ、まだ復旧のさ中、今度は「北海道」で震度7の大地震です。

道内すべての電力がダウン。鉄道、空路もストップ、スーパー・コンビニは営業できず、工場の操業も停止。酪農、農業、漁業も。家の電気もつかず、「すすきの」の街も真っ暗となりました。

「市民生活」への影響はもとより、北海道の産業、経済が受けるダメージは大きいと思います。秋は、農業、漁業、観光等、北海道にとって大切な季節です。出来るだけ影響が少ないようにと、祈るばかりです。

今年は、1月に白根山が噴火。4月に震度5強の島根県西部地震。6月は震度6弱大阪北部地震。梅雨明け(6/29)前から異常気象の猛暑が続き、7月は豪雨となり、逆走した変な台風も来ました。そして、北海道胆振(いぶり)東部地震です。

地震後の山崩れや地滑り。空から撮影された写真や動画、テレビに映し出される光景は時間を追うごとに、被害を受けた人々の様子を生々しく伝えています。 倒壊した家の中に残る近親者の「無事」を願い必死に叫ぶ姿や、土砂に向かって『早く見つけてほしい』と祈る姿から、悲しみが伝わってきます。 心配と不安の中で憔悴した方々に、掛ける言葉もありません。

「首都直下型」「東海」大地震もいつ起きるか分かりません。いつ起きても、不思議ではありません。日本列島に、ここは安全という所はないと思います。

時や場所、私たちの生活、政治、経済の状況に関わりなく、「災害」は起こります。

多くの人はこの先、地震・津波・水害そして事故等に『遭うことがあるかも知れない』と考えてはいますが、『自分は大丈夫だろう』『何とかなる』と思っているのではないでしょうか。私もその一人です。

人は日々の生活の中で常に、「災害」を意識して生きている訳ではありません。

「水・食料・燃料・トイレ(便袋)等」の備蓄はしていますが、「電気・水道・ガス・水洗トイレ」を使わない1日を実践していません。やはり、年に一日でも「インフラ」が止まった時の生活を実体験しなければと思います。

25年程前、マンションの電気室が水没し数日間、「電気・水道・ガス・水洗トイレ」の使えない生活をしたことがあります。 快適なマンション生活は、最悪の生活になりました。

11階まで階段を使い、20リットルの水を運び、1階に設置した仮設トイレを利用。お風呂は駅前の温泉に行きました。夜、懐中電灯やローソクの下で何かを食べたように思います。時間とともに、いつの間にか忘れて行ったようです。

今日は私の住んでいるマンションの「防災訓練」の日でした。 「安否確認訓練」と防災講話「災害に強いまちづくり(水害対策)」に参加し、「あの日」を思い出しました。

選択と集中

台風の影響で無残な姿になった朝顔(ベランダの鉢植え)が、1週間ぶりに花をつけました。

最盛期の大きさの四分の一位になって、ミニ朝顔のようです。ツルの下の方を見ると「種」が出来ています。役割を果たし、次の準備をしています。やはり季節の変わり目ですね。

昨日(8/31)から9月議会が始まりました。会期は9月21日(金)までの22日間で、29年度の「決算」の審議・審査が中心です。

市が実施している事業は500~600あると思いますが、それぞれの事業について「成果と課題」を明らかにした上で今後の進め方を検討するためのものです。 継続(拡大・修正・縮小)するのか、止めるのかを判断するためには、多角的な視点としっかりとした検証が必要とされます。

委員会での審査は、主に新たな取り組み(29年度に始まった)や各委員の関心の高い事業についての質疑が中心です。「主要政策成果表」を基準にした答弁となりますが、なかなか今後の方針や進め方を議論するところまでは行っていないのが現状です。

そろそろ「決算特別委員会」を設け、「成果と課題」を検証した上で『改善(実施主体・手段)』や『縮小・廃止・休止』等を議会として提案すべき時期だと思います。手間ひまかかることですが、議会が本来すべき仕事です。

「主要政策成果表」の最後に今後の方針が記載されていますが、ほとんど『現状のまま継続』となっています。所管部署が行う事務事業評価ですので、当然と言えば当然です。継続的にやらなければならない仕事が多くあることも事実ですが、そのやり方(実施主体・手段)については『改善』の余地があると思います。

言葉だけの「選択と集中」としないためにも、やらなければと考えています。

吉川市が出した「事務事業評価」のとりまとめ結果(8/31配布)によれば、2次評価での今後の方針は548事業中、『現状のまま継続』457本83.4%。『改善のうえで継続』73本13.3%。他の事業に統合8本1.5%。廃止・休止2本0.4%。終了・完了8本1.5%となっています。