54年ぶりの雪

11月25日(金)朝、昨日の雪がウソのような快晴。

いつものようにベランダから吉川美南やスカイツリーの方向(東京のビル群)そして市内を見渡す。付近の道路の雪は融けていが、屋根の上はまだ残っていた。あれだけ激しく降っていたのにと思いながら右(西)の方向に目を移すと、富士山がくっきりと見えていた。

雪の富士も美しい。

 

24日(木)、吉川でも朝から雪でした。東京や横浜で、11月に雪が降ったのは54年ぶりだそうです。
午前3時頃に起きて、外を見た時にはまだ降っていなかった。
家を出た8時半頃にはすっかり雪、転ばないようにスニーカーを履きビニール傘をさして歩いた。市役所までは20分ほどの道のりですが、傘は雪で重くなり途中何度か雪を落としながら歩いた。

12月議会を前に会派での勉強会。9時~4時半まで担当より議案や補正予算の説明を受ける。事前に議案書は読んでいるが、レクチャーを受けるとポイントが再確認できる。有難いことだ。

外は雪。激しく降り続く。何もかもを覆ってしまう白い世界、無垢な世界へと変えてしまう。人の心も変えられれば良いのだが。

昼頃少し弱まったが3時半頃まで降っていた。雪も止み、休憩の時屋上から隣の第2庁舎(プレハブ)をみると、屋根の上で雪かきをしていた。昨年だったか、雪の後、第2庁舎は雨漏りで大変だった。融けた水が大量に天井に流れ込み、空調が使えなくなってしまった。天井や床にはシミも。

新庁舎が出来れば、屋根の雪かきもなくなるのだろうと思いながら靴を履きかえ、6時前、庁舎を後に東京での会合へ向かった。

吉川市民まつり

今日11月20日(日)は、「吉川市民まつり」の開催日です。

予報では、昨日からの雨も上がり暖かい一日になるはずでした。しかし今朝起きてみると、くもり空で気温も低く、もやが立ち込め肌寒いくらいでした。お昼前にやっと太陽が出て、少し暖かくなりました。

毎年、市民まつりの一環として「交通安全パレード」が実施されます。
午前8時40分に関小学校を出発し、市民交流センターおあしすまでの「交通安全パレード」に吉川市議会として私も参加してきました。

市長、警察署長、運営委員長を先頭に吉川小学校合奏クラブ・バトンクラブ、そしてハーレー隊(ハーレーダビットソン)21台、ボウイスカウトをはじめ30を超える各種団体が行進しました。

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沿道には、地区にお住まいの方や施設の入居者・スタッフが集まり、知り合いの議員に声を掛けたりパレードに声援を送ってくださいました。

「おあしす」での開会式は、9時30分から始まりましたが市民の方々は、それぞれ目当ての物品販売の所で行列を作り売り出しを待っていました。

毎年、吉川産野菜コーナーは人気がありますが、今年は特に行列が長かったように見えました。

新庁舎の建設工事が始まりましたので、「おあしす」側のテントは少なくなり、永田公園側が随分と賑やかになっていました。

平成30年春にはいよいよ新庁舎が完成します。おあしすと連動・一体化するための工事も予定されています。

 

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「子どもの歯と健康を考える会」のブースでは、『水道水フロリデーション推進を復活させない!』をテーマに、チラシの配布と展示での情報提供を行っていました。メンバーの皆さんが御多用の中、準備をして下さいました。

一方、フロリデーション推進の活動を行っている団体のテントでは、伊藤園が発売したフッ素入りお茶のペットボトルを配っておりました。昨年からは、市の職員は参加していません。
通りかかったら、推進派の知り合いから声を掛けられ少し話をしました。何度話しても、『フッ素推進こそが正しい』という宗教の信者のように思えます。

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それにしても、催しの度に交通整理をはじめ裏方の業務を担当する職員は大変だと思います。

フリースクール りんごの木

今週の月曜日(11月7日)、『フリースクール りんごの木』へ行ってきました。 東武線のせんげん台駅徒歩1分の所にあります。

運営しているのは、NPO法人 越谷らるごです。フリースクールの他、自立援助ホーム「ゆらい」や20歳以上の人の居場所「ほっとりんご」の運営、そして子どもや若者が自分らしく生きるための相談・サポート等を行っています。

また、埼玉県からの委託を受けて、「埼玉県 引きこもり 相談サポートセンター」として、本人や親からの相談・サポート活動を行っています。

施設見学の後、理事長の増田良枝さんと引きこもり 相談サポートセンター長の鎌倉賢哉さんの説明を受けた後、質疑、意見交換をしました。

増田さんは自身のお子さんの不登校がきっかけで、子ども達の居場所づくりに関わり、現在まで支援活動を続けている方です。鎌倉さんは学生時代は教師を目指していたそうですが、今はりんごの木で、「先生や指導者と生徒」という関係でなく、人としての関わりを大切にして接するよう心掛けているスタッフの一人です。

『りんごの木』の特徴の一つは、『自分のことは自分で決める・みんなのことはみんなで決める・みんなで決めたことはみんなで守る』というルール。

やりたいことを自分で決める。勉強する・しない、活動に参加する・しないも。

施設を見学し、活動について伺う中で、「体験から学ぶ」ことを通じて成長を手助け・応援している様に感じました。

例えば「ひるめし食堂」。週1回、食材の買い出し・調理・片づけ等、小さい子から20歳までのメンバーで行い、お客はスタッフ屋スクールの生徒です。また「音楽活動」では、楽器に触れたり、習ったことがない人でも気軽に教えてもらい、バンド活動として皆で一緒に演奏しています。イベントに参加し練習した曲を発表したりしています。

何人かが一緒に何かをやるという事は、自分の役割を理解し、人との調整・協力をしなければ出来ません。

自らの意思でやりたいことに取り組み、それを実現するために役割を理解し人との調整・協力といったこと、そしてみんなの前で表現する力と自信が自然に身に着く取り組みだと感じました。

他人に言われて理解するのではなく、体験を通じて自分で、「気づく」のだと思います。

そのことを改めて感じた、『フリースクール りんごの木』でした。

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明治初めからの近代化政策。殖産振興と教育による富国強兵は日本の植民地化を防ぎ、欧米列強の国々に近づくための。

日本に取り入れられた「学校教育」は、その目的に沿って効率的に人を育てるやり方だったと思います。今日の発展の源の一つに、「学校教育」があったことは間違いないと思います。

しかし、将来を見据えた時、『フリースクール』のような別の学び方が出来る「教育」が必要だと思います。

自立した生き方が出来る創造的な人がいなければ、成熟した産業国家としての成長は続かないと思います。

そして何よりも大切なことは、「どう学ぶか 」「いかに生きるか」は多様であり、本人が選択すべきものだと思います。

吉川橋架け替え工事

行政視察へ行った帰り道(10月27日)、バスが「吉川橋」ではなく「吉越橋」を渡りました。

なぜわざわざ遠回りをするのか気になり運転手さんに聞くと、「吉川橋」は13tを超える車両は通行できないという。

現在は「仮橋」なので、規制が掛かっているのかと思ったが、そういえば以前架かっていた「吉川橋」の時も13tを超える車両は通行できなかった。

昭和8年に架けられた「吉川橋」は80年以上も経ち相当老朽化が進んでいた。橋の上はゆれるし、道幅も狭く渡り切ったところのカーブも確かきつかった。

平成25年から架け替え工事が始まり、26年度から「旧吉川橋」の撤去と新しい橋の橋脚工事が始まった。当初、計画されていなかった「仮橋」が出来ることが決まり、平成26年11月から通行が出来ることになった。「仮橋」がなかったら、大変な状況になっていたと思います。

越谷県土整備事務所の話では、いよいよ11月からP3橋脚の工事に入るといっていました。P3橋脚は、川(中川)の中に設置する橋脚です。実際の工事は29年3月28日から始まり29年度末(30年春)に終わる計画です。

川の中での工事の為、水量の少ない時期に行う工事で6月以降は出来ないそうです。また、川の中の工事は何があるか分からないので、やってみないと何とも言えないようです。29年度末完成は微妙かも知れません。担当者の過去の経験からすると、30年5月頃までかかる可能性もあるようです。

吉川側では現在、地盤改良工事を進めています。県土整備事務所では、来年度も引き続き地盤改良工事を行って行く予定で、「橋台」の設置と「地盤改良」を進めるための予算要望を行っているそうです。

県の財政状況や国の補助金との関係もありますが、優先度の高い事業ですので、何とか通るのではないかと思います。

吉川側の地盤改良工事は、現在南側(和菓子屋さんのまるしん)が年内に終わる予定です。その後は道路を南側に移し、北側(福寿家さん)の地盤改良工事に入ります。

明治8年に徳江忠次郎氏が作った徳江橋。昭和8年に鉄筋コンクリート製の吉川橋が完成。そして架け替え工事の為、平成25年に仮橋を設置。

新しい吉川橋は両側に歩道が設けられ、幅25m4車線道路となります。仮橋を入れれば、4代目の橋となります。

「吉川橋」の完成目標は、平成31年度末(32年3月)。

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