今年の「飯能風土季」も美味でした

先週の土曜日、一苗(ひとなえ)倶楽部の仲間達と一緒に「飯能風土季」を飲んできました。

今年の新酒だけでなく8年前までのお酒も飲み比べました。また、五十嵐酒造(飯能市)さんが作っている大吟醸や純米酒など5・6種類の利き酒もしてきました。

古酒は色や香り味もはっきりと違うので分かりますが、利き酒で銘柄を一致させるのはなかなか難しいです。50人位の参加者でしたが、5・6種類のお酒の違いがすべて分かる方が5人位いました。

以前、有名なソムリエに、『飲んだ後、鼻から息を出すと違いが分かる』と伺いましたが、私にはよく分かりません。訓練が必要だと思います。

酒は嗜好品ですので、本人がうまいと感じる酒がうまい酒です。大吟醸や純米酒よりワンカップが美味しいと思えばそれが美味しい、好きな酒とだという事です。

30代の半ば頃、お酒の担当をしていたことがあります。
何か月おきか忘れましたが、日本橋にある百貨店の商品本部でお酒の会議がありました。グループ各店(関東地方)の酒担当者が集まります。
会議では必ずお酒を飲みます。

ピールから始まりワイン、日本酒、ウイスキー等を飲んでいきます。アルコール度数の低いものから飲んでいきますが、2時間位飲んでいると、かなり酔っぱらってきます。

ベルギーの修道院で作られていたビールで、「シメイ」という銘柄がありますが、日本で最初に売ることを決めました。ビールですが瓶の底におりがたまっているので、そおっと注いで飲んだ記憶があります。ヨーロッパは気温が低いからと、常温で飲みました。

それ程美味しいとは感じませんでしたが、数年するとあちこちで売っていました。今ではスーパーでも品ぞろえされています。瓶の形状は変わり、種類もかなり増えています。

「世界のビール」を頒布会で売ったりもしました。ヨーロッパ諸国やアメリカ、中国等のビールです。やっぱり日本のビールが一番おいしく感じました。

売れ残った「世界のビール」は買い、家で毎日飲んでいました。日本酒はお風呂に入れたりしていました。
ビールと日本酒は梅雨を越すと極端にまずくなります。ウイスキーやスピリッツは変化しないようです。
多くの食品にとって、やはり『高温多湿』はよくないようです。

「飯能風土季を楽しむ会」

今日これから、「飯能風土季を楽しむ会」へ行ってきます。

飯能にある丸屋酒店が事務局となっている、「一苗倶楽部」の催しです。

「一苗倶楽部」は、自分たちで稲を育て出来たお米でお酒を造る会です。出来た酒は皆で分けます。
十数年前、飯能の天覧山へ行った帰りに丸屋酒店で知り、入会しました。以来毎年、新しい酒の利き酒をする「飯能風土季を楽しむ会」へ行っています。
お酒の名前が「飯能風土季」です。

倶楽部のメンバーとお酒を造って頂いている蔵元の「五十嵐酒造」の方と一緒に楽しんでいます。杜氏さんや製造に関わっている方と酒造りの話をしたり、集まった方々といろいろな話をして盛り上がります。

飯能市に住んでいる方が多いようですが、いろいろな所からやってきます。元学校の先生や公務員・サラリーマン、主婦、舞踏家、絵を書いている芸術家もおり話が広がります。オモシロイひと時です。まったくお酒を飲まない方も会員におります。

飯能の郊外に田んぼを借りています。田植え、草取り、稲刈りは勿論、蔵元での醸造体験にも参加出来ます。田植えや稲刈りなどに来た、小さい子ども達は本当に喜んでいます。
作業の後、皆で食べるお弁当も楽しみです。

日頃、稲の面倒は田んぼを貸して下さっている農家の方に見て頂いています。それでも少しでも農作業に係わると、出来たお酒がさらに美味しく感じます。ここ数年作業に参加出来ず、出来上がったお酒を頂き飲んでいます。

前回までは、『食米』を育てていましたが昨年初めて『酒米』を植えました。それで出来たのが今年の新酒です。どんな味になっているのか今から楽しみです。

ちなみに、私がいただくお酒は無濾過の生酒です。濾過も火入れもしていません。自分では大吟醸並みの酒だと思っています。
大手メーカーのブランド酒ではないので、毎年違った味になるのも楽しみの一つです。

市史編さん委員会

2月9日(木)、市民交流センター「おあしす」で市史編さん委員会が開かれました。

議事は『吉川市史通史編2』の発刊についてと市史編さん事業で収集した資料及び移管公文書等の保存と活用について(答申案)の検討協議です。

通史編2の発刊を決議し、答申案については一部文言の追加と修正整理することを決定し終わりました。

平成8年の市制施行に合わせ市史編さん事業がスタートし、20周年記念の節目である今年度、事業が終了します。
平成14年3月に、『旭地区の民俗Ⅰ』を発行しこれまでに12冊が出されました。今年3月に発行予定の、『吉川市史通史編2』を入れると、市史本編7巻・市史調査報告書4冊・市制施行記念誌(10・20周年)2冊の計13冊になります。

全てを読んではいませんが、『旭・三輪野江・吉川地区の民俗』や『吉川市史民族編』等を読んでいると、興味深い内容で引き込まれてしまいます。
地域の成り立ち、特色、農業と商業、人々の暮らし、祭り・行事、川との関わり等々、当時に思いをはせることが出来ます。時の経つのを忘れてしまいます。

市史編さん事業で収集した資料は合計で32,758点に及びます。旭・三輪野江・吉川役場等の公文書9,315点、諸家文書11,015点、新聞資料8,789点、県行政文書2,763点、写真資料876点です。

、諸家文書(しょけもんじょ)には戸張家や川藤文書等、市内の旧家から提供された貴重な資料も含まれています。今後はこれらの資料の整理・目録化を進め、資料の活用に向けた取り組みが課題となっています。

答申案では今後の対応について、組織の見直しをはじめ市史及び資料の情報発信、郷土資料館や地域文書館の整備・拡充を提言しています。
要は収集した資料の散逸を防ぎ、市民への公開そして保存・活用を図るかという事です。

市史や資料が教育現場や市民への情報発信に役立つ形で使われることが、郷土への関心と愛着に繋がると思います。また、これからの、『まちづくり』の貴重な資料として活用できるのではないでしょうか。

20年にわたり、市史編さん事業に関わって来られた方々のご苦労に感謝致します。

*また1日遅れての更新、申し訳ありません。

「花供養」

立春の2月4日(土)、「花供養」に出席しました。
吉川市華道協会が主催(後援 教育委員会)する催しで、今年で15回になります。

昨年は中央公民館で行われましたが今年は真言宗 延命寺での開催でした。

開催案内には、『花供養・・・ お花を生けることは、美しく見せるという事でありその為には「切る」ことから始まり、曲げる、折る、煮る、焼く等、花の命を絶つことであり 「針供養」のように花を供養する集いです。』とあります。

案内には少し疑問を感じる点もありますが、趣旨からすればお寺さんでの開催がふさわしいと思います。

吉川に移り住んで27年になりますが、初めて「延命寺」さんの本堂に入りました。吉川で最も有名なお寺の一つで、吉川橋の近くにあります。

かつて吉川が水運で栄えた頃(江戸時代から明治)、遊郭?(と呼べるかどうか分かりませんが、そのような場所)まであった賑やかな所で、武蔵野線が開通するまでは、「吉川銀座」と呼ばれていたと思います。

吉川駅開設で新たな商店街が出来、街が変わり、現在は吉川橋の架け替え工事と県道の拡幅工事でほとんどの店はなくなりました。「吉川銀座」の面影はありません。
しかし江戸時代から続く川魚料理の料亭と県道から入った狭い路地、古い町並みにかつての様子がうかがえます。

太古の昔東京湾の入り江だった一帯ですが、現在吉川では最も標高の高い場所だと聞いています。標高は2~3メートル位で、利根川や江戸川、中川が氾濫しても水没しない所だと言われています。

人間の記憶は不思議だと思います。言葉や風景、匂い、その場所の雰囲気などで突然昔のことを思い出すことがあります。

「延命寺」さんの本堂に入り、幼稚園の頃のことを思い出しました。中央線の踏切を渡り、善福寺川を越えた少し先に幼稚園がありました。家から10分ほどのところでした。

お寺が経営する幼稚園でしたので、卒園式の写真も本堂で撮りました。時々、本堂に入れられた記憶があります。扉を閉められると、薄暗い中でいろいろな仏具が金色に輝きご本尊に見つめられているようでした。独特の空気、雰囲気です。

自分ではそれほどいう事を聞かなかったり、いたずらをした覚えはないのですが、なぜか私一人だけ入れられていたと思います。

それでも毎日、母の作ったお弁当を持って元気に通っていました。お弁当は、「のり弁」か「油揚げ」でした。「のり弁」はごはんの真ん中と一番上にのりが置かれ、醤油が掛かっています。「油揚げ」弁当は、ごはんの上に甘辛く煮た「油揚げ」が載ったものです。

この2種類以外の弁当は食べたことはありません。今でも、海苔といなり寿司は好物です。この時代の影響だと思います。

*ブログの更新が遅れ申し訳ありません。