今週はあちこちへ行ってきました

週末の土曜日、今朝は5時20分から散歩に出かけました。
首から足元を照らすライトを下げ、手に懐中電灯を持っていつものコースを歩いてきました。

空には黒い雲が立ち込め、歩道には昨夜の雨が残っており、今日の天気が少し心配でした。
レイクタウンの調節池を2周し、いつものコンビニでコーヒーを飲む頃にはかなりの青空となりました。

雨上がりの朝の空気は爽やかです。寒さもそれほどではありません。

今週はよく外へ出ました。
23日の日曜日は地域の清掃日でした。私の住んでいるマンション内や周辺、緑道を皆で清掃をしました。私が自治会長の時提案し、現在も続いています。
通勤・通学で使う緑道が掃き清められ、ごみを拾うとすっきりとして心地よいものです。

月曜日は、全労済協会のシンポジュウムへ行きました。会場は有楽町の朝日ホールでした。

全体のテーマは、「2025年の日本 破綻か復活か」です。初めに基調講演として、「超高齢化社会を迎えた日本の未来を展望する」前厚労省事務次官 村木厚子さん。続いて慶応大学の駒村康平さんより、「2025年の日本 破綻か復活か」がありその後第Ⅱ部パネルディスカッションでした。

超高齢化社会の問題も関心がありますが、以前から村木厚子さんにもお会いしたいと思っていました。どのような方か興味がありました。

何年前の事件かは覚えていませんが、厚労省の局長の時?逮捕されました。障がい者団体向け郵便割引制度の不正利用事件の被告の一人として、大阪地検特捜部の取り調べを受けましたが無罪となった方です。逆に、大阪地検特捜部の主任検事や部長等3人が最高検察庁に容疑者として逮捕された特異な事件でした。

この事件を契機に、「取り調べの可視化」に向けた議論と法整備に繋がることになったと思います。

村木さんは、小柄できゃしゃな体つきでメガネをかけていました。髪も飾ることなくやさしい表情で話し、また人の話を聞いておりました。2015年10月まで事務次官でしたが、現在は伊藤忠商事の社外取締役に就いておられます。お孫さんがいらっしゃるそうです。

やさしい言葉や立ち居振る舞い、人の話をよく聞く方のように感じましたが、凛とした美しさ、芯の強さがあると思いました。そうでなければ、女性官僚として役所のトップになり、冤罪事件で戦ってこれなかったと思います。

火曜日は越谷中央公民館で、28年度東南部正副議長会議員研修会へ出席しました。テーマは、「自治体議会と防災」。講師は元東京都副知事 青山 佾さん。

水・木は、吉川市議会3委員会合同での「行政視察」。栃木県宇都宮市と日光市に1泊2日で行きました。
宇都宮市では、「食育」「農業の6次産業化」。日光市は、「日光ブランド戦略について」「日光市政策専門委員について」の取り組みを伺ってきました。

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宇都宮市

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宇都宮市議会議場

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日光市役所

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日光市議会議場

昨日の金曜日は、会派のミーティングへ。そして今日土曜日はお昼から、独協大学へ行きます。
独協大学環境共生研究所が主催するシンポジュウムで、テーマは「緑と農を活かしたまちづくり」です。

農産物のブランド化やインバウンド等どこも同じようなことを考え取り組んでいます。うまく行くかどうかはその地域が持つ資源も重要ですが、決め手は地域の人達や行政の「本気度」だと思います。

なにをやるにも、「人」ではないでしょうか。

谷川岳「一ノ倉沢」

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2016.10.22

 

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一ノ倉沢

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初めて谷川岳の「一ノ倉沢」を見てきました。
谷川岳の象徴的な場所ですが、巨大な岩壁でした。下から見ただけですが、上からのぞいたら足がすくむと思います。

何万年もの前の氷河期に、氷河が削った荒々しい岩肌が目の前に立ちはだかっていました。
壁は何人も寄せ付けないたたづまいで、ただじっと歴史のなかの一時、己の役割を果たしているよに感じました。

岩壁と言うより絶壁ですが、昨日もロッククライミングをしている人がいたようです。
今朝、一緒に行った方から、『望遠で撮った写真に人が写っている』と伺いました。

これまで、800人もの方々が滑落などで亡くなったそうです。谷川岳「一ノ倉沢」という同じ場所で、800人もの方が亡くなるというのは他に例はないと思います。

亡くなった方の名前と年齢そして家族の思い、名前を記したプレートが下の岩壁にいくつも打ち付けられていました。
山岳会の名前で、慰霊の言葉を刻んだものもありました。

亡くなった方々は、10代、20代が圧倒的に多かったと思います(ロープウェイ土合駅の少し手前に慰霊碑と全員の名前、出身地等を記した石碑があります)。
家族の思いは理解できるように思いますが、若くして逝ってしまった彼らは今、岩壁の上からどんな思いで私たちを見ているのでしょうか。

そして谷川岳「一ノ倉沢」に魅了された彼らは、どのような思いで絶壁の壁に挑戦したのでしょうか。

 

*昨日10月22日(土)、谷川岳、一ノ倉岳の名峰を仰ぎつつ、落葉広葉樹の森と渓流を歩いてきました。谷川岳ロープウェイ土合駅からマチガ沢、一ノ倉沢、幽の沢、JR巡視小屋、マチガ沢分岐、谷川岳ロープウェイ土合駅に戻るコース(4.5時間)を5人でおしゃべりしながらの旅でした。湯檜曽川沿いの河原で昼食をとっている時、「一ノ倉沢」の上空をヘリコプターが何度も旋回していました。長い時間でした。事故があったのではと気がかりです。

紅葉には少し早い時期でしたが、黄色と緑が溶け合う林の中や湯檜曽川のせせらぎを聞きながらのウオーキングはとても良い気分でした。今月末から11月はじめの頃には、さらに葉も色づき「紅葉」が楽しめると思います。

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マチガ沢の由来を書いた案内板

 

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幽の沢

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バス停前湯檜曽川から

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十三夜

一昨日10月13日(木)は十三夜でした。
残念ながら、「くもり空」で月は見えませんでしたが、昨日と今日はよく見えています。

今日は久しぶりの快晴で本当に気持ちの良い1日でした。今朝は相当冷え込んでいましたが、日中は半袖でも暑い位でした。

今日、9月議会活動報告(チラシ)のポスティングが終わったこと、そして栄小学校のそばのお宅のご主人に、『いつも読んでいる。毎回楽しみにしている』と声を掛けて頂いたこと。しばらく吉川の現在と今後について話をしました。本当に嬉しく、有難いことだと思います。疲れが飛んでいきます。この事で、さらに気分を良くしています。

今回も7,000枚のチラシを一軒一軒入れました。
特に予定がない日は、朝8時から夕方6時頃まで。5時を過ぎると暗くなりなり6時には真っ暗です。所要が入っているときは午前か午後の3時間程度歩きました。

今朝は5時に起床、6時から始め午後2時30分には終わりました。
途中、コンビニでサンドイッチとコーヒーを買い沼辺公園で朝食をとりました。

ブランコや砂場で遊んでいる親子連れがいました。あと数年もすると、だんだん親から離れて行くのだろう等と思いながら親子の会話を聞き、様子を見ていました。静かな土曜日の朝でした。

 

それにしても、月をじっと見ていると、いよいよ秋だと感じます。明るい月明かりの下、遠くにスカイツリーや東京のビル群が見えます。

「中秋の名月」の十五夜、十三夜。満月、三日月、上弦の月、下弦の月等、月についての呼び名は多い。昔、古典で習った「立待の月」「居待の月」「寝待の月」と言う言い方もあります。

日々の生活の中で、月との豊かな関わりを持っていた人々に比べ、忙しさにかまけ、月を見る余裕のない今の生活は「豊さ」からは相当離れていると思います。

十五夜や十三夜の「お月見」を楽しむゆとりが必要だと感じます。

慌ただしく厳しい時代を生きる私たちにとって必要な力は、「心のゆとりと困難を笑ってしまうユーモアのセンス」ではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

議会報告会

今日、「おあしす」で議会報告会を開きました。
雨の中、十数人の方に来ていただいた。

1年ぶり、3年ぶり、また20年ぶりにお会いできた懐かしい方も。有難いことです。

毎議会後に報告会を開催していますが、特にお声掛けはしていません。「来れる時に」来ていただければよいと思っています。皆さんそれなりにやることがあり、毎日が多忙。お一人お一人に都合があり、関心も違う。その時の健康状態や気分も影響します。

たまに、「初めて来てみた」という方もいらっしゃいます。
議会活動報告の内容に興味を持たれたのが、一番の理由のようですが、ビラに書かれている開催案内の「どなたでも」、それを見てという事のようです。

人数の多い少ないは気にしていません。少なければ中身の濃い意見交換が出来ます。

サラリーマン時代、勉強会で「ケンタッキーフライドチキン」の社長の話を伺う機会がありました。社長は一人で来られ、私たちは5~6人でした。

いつもは沢山の聴衆を相手に、講演をされているようでしたので少しびっくりした様子でした。
用意されていた原稿や資料には触れず、社長個人の生い立ち、なぜ「ケンタッキーフライドチキン」と係わることになったのか、売れなかった創業時代や人集め(従業員)の苦労、なぜ売れるようになったのか、なぜ他社との競争が余りなかったのか等、飾ることなく話をされた。

*興味深く、成る程と思うことが多かった。おそらく、普段の講演では聞くことの出来ない内容だったと思います。

今日、来ていただいた方々の話も一市民としての本音の意見のように思いました。

医師会の「質問書」問題に対する、中原市長の答弁。「公金紛失」についての市の対応。そして私に対する「懲罰劇」で見せた議員達の姿。特に、議会傍聴を続けている方々の「市民としての感じ方・見方」は、非常に厳しいと感じました。

分かっていないのは、私たち議会と執行側かも知れません。

 

追記10月10日 *「成る程」と思うことが多かったのは、「ケンタッキーフライドチキン」の創業から売れるようになるまでのことについてですが、「興味深く」感じたのは、社長個人がなぜ「ケンタッキーフライドチキン」と関わることになったのかという事です。

横浜で「絹の貿易」で成功した家に生まれ、その家が没落していく過程を子どもの目線で見た記憶、大学卒業後印刷会社で働いている時、ライバル会社と取引するはずだった「ケンタッキーフライドチキン」の仕事を、強引に自社のものにした手法と経緯、そして幼い時に見ていた家業(海外との貿易)との関係。いつか自分も海外と関わりのある仕事をしたいという思い等、ケンタ社長となるバックグラウンドについての話が興味深かった。少人数でなければ、出席者とその場の雰囲気がなければ、聞くことは出来なかったと思う。

 

 

 

今日から10月です

気がついたらもう10月。あと3か月で、2016年も終わってしまう。
1日はそれ程短くは感じないが、1週間はあっという間に過ぎる。ひと月も1年も本当に経つのが速い。

毎週土曜日がブログの更新日。当日になって、なにを書こうかと考える事がほとんどで、目覚めた時や朝の散歩の時に浮かんだことを書いている。

今朝は5時に起きて散歩に出た。霧雨が降っていたので傘をさしてレイクタウンの調節池の周りを歩いてきた。いつもの土曜日と違い、犬の散歩やウオーキング、マラソンの人はほとんどいない。

レイクタウンまでの途中、神社に寄ってお参りをして行くが、4つめの神社の隣の家に猫がいる。玄関扉(引き戸)の前に、ほぼ毎日座っている。

そこのお宅で飼っている猫ではないが、エサをもらっているようで、毎朝玄関前で待機している。三毛猫でメスのようだが、そこの家のおばあさんの話では、「子どもは出来ないようになっている」、「隣の神社をねぐらにしている」と。

いわゆる「地域猫」という存在の猫のようだ。
昔は、野良猫と言われた。人との接触があるからだろうか、人懐こい猫で呼ぶと飛んできて、鳴きながらまとわりついてくる。

越谷にいる猫なので、「ガーヤ」と名付けている。
頭をなぜて身体をさすってあげると、気持ちよさそうな顔をする。おばあさんは、「なぜてもらってよかったね」と言う。

7時には雨も上がった。
どんよりとした一日だった。