今日、「おあしす」で議会報告会を開きました。
雨の中、十数人の方に来ていただいた。
1年ぶり、3年ぶり、また20年ぶりにお会いできた懐かしい方も。有難いことです。
毎議会後に報告会を開催していますが、特にお声掛けはしていません。「来れる時に」来ていただければよいと思っています。皆さんそれなりにやることがあり、毎日が多忙。お一人お一人に都合があり、関心も違う。その時の健康状態や気分も影響します。
たまに、「初めて来てみた」という方もいらっしゃいます。
議会活動報告の内容に興味を持たれたのが、一番の理由のようですが、ビラに書かれている開催案内の「どなたでも」、それを見てという事のようです。
人数の多い少ないは気にしていません。少なければ中身の濃い意見交換が出来ます。
サラリーマン時代、勉強会で「ケンタッキーフライドチキン」の社長の話を伺う機会がありました。社長は一人で来られ、私たちは5~6人でした。
いつもは沢山の聴衆を相手に、講演をされているようでしたので少しびっくりした様子でした。
用意されていた原稿や資料には触れず、社長個人の生い立ち、なぜ「ケンタッキーフライドチキン」と係わることになったのか、売れなかった創業時代や人集め(従業員)の苦労、なぜ売れるようになったのか、なぜ他社との競争が余りなかったのか等、飾ることなく話をされた。
*興味深く、成る程と思うことが多かった。おそらく、普段の講演では聞くことの出来ない内容だったと思います。
今日、来ていただいた方々の話も一市民としての本音の意見のように思いました。
医師会の「質問書」問題に対する、中原市長の答弁。「公金紛失」についての市の対応。そして私に対する「懲罰劇」で見せた議員達の姿。特に、議会傍聴を続けている方々の「市民としての感じ方・見方」は、非常に厳しいと感じました。
分かっていないのは、私たち議会と執行側かも知れません。
追記10月10日 *「成る程」と思うことが多かったのは、「ケンタッキーフライドチキン」の創業から売れるようになるまでのことについてですが、「興味深く」感じたのは、社長個人がなぜ「ケンタッキーフライドチキン」と関わることになったのかという事です。
横浜で「絹の貿易」で成功した家に生まれ、その家が没落していく過程を子どもの目線で見た記憶、大学卒業後印刷会社で働いている時、ライバル会社と取引するはずだった「ケンタッキーフライドチキン」の仕事を、強引に自社のものにした手法と経緯、そして幼い時に見ていた家業(海外との貿易)との関係。いつか自分も海外と関わりのある仕事をしたいという思い等、ケンタ社長となるバックグラウンドについての話が興味深かった。少人数でなければ、出席者とその場の雰囲気がなければ、聞くことは出来なかったと思う。