渡邊恒雄

一昨日、池上彰さんの〈夜間授業〉「“戦後”に挑んだ10人の日本人」に行ってきました。 第5回「渡邊恒雄」です。

池上さんが選んだ、「渡邊恒雄(ナベツネ)」も、やはり毀誉褒貶(きよほうへん)の人だと思います。

これまで、「ナベツネ」と聞くと余り良い印象がありません。 数年前に起きた清武の乱。渡邊会長のコーチ人事への不当介入を告発した、清武英利読売巨人軍球団社長を解任したことやプロ野球再編騒動の渦中、古田敦也選手会長が会談を求めていると聞き、『たかが選手が』と発言する等。そう思ってしまいます。

配布された「渡邊恒雄」年表によると、1945年(昭和20)東京帝国大学哲学科に入学。7月5日、陸軍2等兵として世田谷三宿の砲兵連隊に入営。終戦後復学し、12月日本共産党に入党。1947年(昭22年)9月、*氏家齋一郎、上田耕一郎、堤清二らとともに「東大新人会」を設立。党から分派活動と批判され、離党届を提出し除名処分となる。とあります。

1950年(昭25)読売新聞社に入社。週刊誌「読売ウイークリー」に配属。51年(昭26)「天皇像を描く」で局長賞。52年(昭27)「日本共産党山村工作隊の潜入ルポ」を執筆。本紙社会面に掲載され、政治部へ異動。

68年(昭43)政治部次長に就任。12月ワシントン支局長に就任。72年(昭47)帰国。編集局参与。75年(昭50)編集局次長兼政治部長。創価学会と日本共産党の「創共協定」をスクープ。78年(昭53)江川卓投手「空白の1日」事件処理に奔走。79年(昭54)取締役論説委員長に就任。83年(昭58)専務取締役論説委員長。85年(昭60)専務取締役・主筆兼論説委員長。87年(昭62)取締役副社長主筆・経理・調査研究担当。90年(平成2)代表取締役副社長主筆・調査研究担当。1991年(平3)読売新聞社第11代代表取締役社長・主筆。横綱審議委員会委員に就任。96年(平8)読売ジャイアンツ(巨人軍)オーナーに就任。

2002年(平成14)読売新聞グループを再編成。持ち株会社「読売新聞グループ本社」代表取締役社長・主筆。04年(平16)グループ本社代表取締役会長・主筆。08年(平20)旭日大授章受賞。14年(平26)巨人軍取締役最高顧問。16年(平28)グループ本社会長を退き、代表取締役・主筆に就任。

年表だけ見ると、出世街道を順調に歩んできたように見えます。実際には社内の派閥や権力闘争、そして政治家との関わりの等、いろいろな絡みの中で役職、役割を勝ち取り積み上げてきたことが分かります。

今でこそ発行部数日本一の「読売新聞」ですが、戦後30年位まで日本を代表する新聞は「朝日」と「毎日」でした。「読売」は、弱小新聞で、正力松太郎(元警察官僚・衆議院議員)迎え、発展の基礎を築きました。渡邊が入社した当時の社内は、「社会部王国」と言われるほどで、いわゆる「きったはった」の3面記事が得意な新聞でした。当然、「社会部にあらざれば、人にあらず」だったと思います。

そんな中、「政治部」で仕事をし、次々とスクープ(特ダネ)を取り実績を上げる程、「社会部」との摩擦も嫉妬も起こってきます。さらに「政治部」でも、それぞれの記者が自分が担当する政治家(派閥の長・親父)を首相にしたいと考えるので、政治部内での対立が生まれます。

1968年(昭43)12月、ワシントン支局長に就任しています。「外信部」ワシントン支局長は花形のポストで栄転と見えますが実際は、佐藤・反佐藤の社内抗争に敗れた結果の左遷でした。左遷された渡邊恒雄に近づく人はおらず、苦しい時を過ごしたようです。

政治記者としては、大野伴睦の信頼を得、盟友・中曽根康弘内閣実現のため田中角栄の支持を取り付けるなどに動いています。社内での地位が上がり、権力を持つにつれ保守派の論客として、読売新聞の政治的方向性をはっきりさせてきています。

1991年(平3)に代表取締役社長になり、94年(平6)に発行部数が1,000万部を突破しました。「憲法改正試案」を発表したのはこの年でした。安倍総理が、詳しくは「読売新聞を読んで」と言い、前文科省事務次官前川喜平氏が「出会い系バー」で女性と関係があった。との記事を一面に掲載しました。時の内閣と新聞との関係を考えるとよくないと思います。読売社内では、動揺が広がり転職をする方もいたと言います。

文章の達人であり、政治家との信頼関係を築き、スクープをものにする記者として、そして経営者として発行部数を伸ばし、政権への影響力を持つ「ナベツネ」ですが、彼が去った後の「読売新聞」はどうなって行くのでしょうか。

マスコミの3悪人と言われた、「朝日」の三浦甲子二(みうらきねじ)・「NHK」の島 桂二・そして「読売」の渡邊恒雄氏に共通するものと異なる所は何なのか、興味深いテーマです。

*「読売」を代表する二人、渡邊恒雄氏と長嶋茂雄氏の体調がかなり良くないと伺いました。厳しい状態のようです。

*氏家齋一郎(うじいえせいいちろう):渡邊の朋友で、元読売新聞常務・日本テレビ社長。上田耕一郎(うえだこういちろう):元日本共産党副委員長、元議長の不破哲三は実弟。堤清二(つつみせいじ):元セゾングループ(西武百貨店・西友ストア・パルコ・ファミリーマート・無印良品等)代表。作家、辻井喬(つじいたかし)は、ペンネーム。

*前文科省事務次官前川喜平氏の問題は、「週刊新潮」や他紙が事実関係を報道。政権側の「印象操作」に加担した「読売新聞」の責任が問われるとともに、イメージダウンに繋がることに。