久しぶりに『千疋』へ

朝の散歩の帰り道、越谷レイクタウンから、『千疋』へ行き、吉川駅南口から帰ってきました。
以前ご紹介した、銀座千疋屋の名前の元になっている千疋です。現在は、越谷市東町ですが、元々は『千疋』というところです。

吉川駅南口から中川に沿って八条橋方向に向い、600m程の所にオレンジ色に塗られた橋があります。
吉川と越谷を結ぶ水道管が架けられた橋です。

その橋の手前(越谷側)一帯が千疋です。伊南理神社があります。
神社の石灯籠の上の部分は、6年前の東日本大震災で崩れ落ち、現在は新しいものが載せられています。

下の部分を見ると、この地域に住んでいた方々の名前が刻まれています。圧倒的に多いのが、『立澤』さんです。他の名前は吉川でもよくある名前です。

寄付をされた方々のお名前が刻まれ、土台には金額が彫られています。寄付の最高額は20円ですが、1円まであります。制作の日付はありません。

土台が同じ形状のもので、石で彫ったキツネが社の前にあります。
そこには、明治39年11月 吉川平沼 石工 鈴木初五郎
とあります。

刻まれた名前から、鈴木さんだけでなく吉川在住の方々と中川を挟んで、つながりがあったことをうかがわれます。

見るたびにいつも思うことですが、吉川の石工、「鈴木初五郎」さんは名工だと思います。

キツネは夫婦のようです。メスの方には、お腹の下と背中から子どもが覗いています。オスの方は毬に手を掛けています。

本物のキツネをしみじみと見たことはありませんが、キツネの雰囲気がよく出ていると思います。ぜひ一度、ご覧頂きたいと思います。

似たようなキツネを伊豆の下田で見ました。江戸時代、ペリーが来る前からあった小さな神社です。

いろいろな所で神社にあるキツネを見ますが、作られた時代により姿形、雰囲気が違います。

やはり、その時代の背景、人々の思いが込められている様に感じます。