GW最終日

久しぶりに雨の朝を迎えたコールデンウイークの最終日。

明日からはまた、新たな日常を迎えます。
いつもの日常のようですが、自然の営みや社会の変化、地域情勢は刻々と変わっています。

コロナウィルス・戦争・災害等、個人の力では如何ともし難い問題の中で人は日々の生活を送り、不条理を受けとめ、喜びと悲しみとともに生きています。

日頃、自分の思いや考えは変わっていないと思いがちですが、自身でも気づかないうちに変っているのではないでしょうか。生きているだけで、人は変化していくもののように感じます。

今日は「地方政治改革ネット」の総会が午後から越谷で開かれます。
「地方政治改革ネット」は、地方から政治を変えて行こうと考える議員の勉強会です。政党に所属していない無所属の市・町議会議員が中心です。*県議会議員もおります。

毎月、情報交換・セミナー・先進自治体への視察等を行い、学んだことをそれぞれのまちづくりに生かせるよう活動をしています。

入会して、16年目になります。市長や県議になった方もおりますが、亡くなったり、辞められた方もおります。

ユニークでアグレッシブに活動する方々と一緒にいると、改めて自分の「力不足」と「もうひと頑張り」の思いが湧いてきます。

「まちごとホテル」

驚きました。こんなことを本当に考え、実際にやっている人がいることに。

東大阪市の布施商店街にある「まちごとホテル」のことです。
空き店舗が目立ち、シャッター通りとなっている商店街は全国どこへ行っても見られる光景ですが、空き店舗をホテルの客室として利用し、商店街を「まちごとホテル」として活用している取り組み(事業)です。まち全体をホテルに見立て、店舗に泊めるという発想に驚かされます。

客室は、かつて営業していたさまざまな業種の空き店舗で商店街に点在し、看板も内装も昔の面影を残しながら客室になっています。営業を続けている店舗は、宿泊者へ必要なサービスと大阪の下町体験を提供しています。

単に空き店舗を利活用するだけでなく、商店街全体を活性化する取り組みが行われているのがスゴイことです。そこに住む人々と一緒に日常の暮らしを体験、交流し、そこの文化に触れるためのホテルだと思います。

同じような旅館・ホテル。そして、なんでもあるが何もないショッピングセンターに飽きている人達に支持され、国籍に関係なく利用は広がって行くと思います。

本格的なインバウンドが再び始まっています。海外からの旅行者が困るほど増え、旅行関連の交通・宿泊・飲食・体験等に落ちる「お金」が日本の基幹産業に匹敵するのは、そう遠くない日だと思います。
フランスのファッションや料理と同様、日本でも「文化」を売る時代が本格的に始まったということです。一日の疲れを銭湯で、地元の方と一緒に湯舟に浸かり情報交換する光景が目に浮かびます。

その先駆けとなる一つの試みが、東大阪市の布施商店街「まちごとホテル」ではないでしょうか。

4月23日(日)

4月23日(日)は統一地方選挙後半戦の投開票日でした。
市区町村の首長と議員の当落が決まりました。また、衆参の補選も行われ結果が出ました。

吉川では市長選・県議選もすでに終わっており市議選は来年1月の予定ですので、この1週間は静かな日でした。

昨日は午前10時から自治会の総会へ出席。いつものことですが、総会に出てくるのは全世帯の1割程度で、ほとんどが委任状です。
11時過ぎに終わり、すぐその足で銀座へ向かいました。

勤めていた会社で同じ部署にいたことのある卒業生の集まりです。
12時半頃、集合場所の店に入ると懐かしい方や見覚えのある方々が飲みながら談笑しています。
一緒に働いたことのある方たちですが、それぞれ人事異動で動きましたので過ごした期間は違います。

容姿、風貌がかなり変わった方もいますが、しばらく話をしていると数十年前の姿が浮かんできます。
話題は、当時の仕事や会社のこと、参加していない方たちの様子、現在の会社の様子。現在の仕事、家族のこと等。話は尽きません。
定年退職者、諸事情で退職し他社へ移った方、国へ帰った方、亡くなった方等さまざまです。

こういった会合に参加できるということは、それなりに今の生活が安定しているということだと思います。この数年、数十年の間それぞれにいろんなことがあったと思います。簡単には話せない辛い・大変な・厳しいことです。それらを乗り越えて、今を迎えている人達です。今も問題を抱えている方は、とても参加する気にはなれないと思います。

店を出て、4丁目の交差点に向かうと「インバウンド」を実感します。国や民族を正確に言い当てることは出来ませんが、本当にいろいろな人々が歩いています。

2つの選挙

2月の市長選に続いて行われた県議会議員選挙も4月9日に終わりました。

自分の選挙も大変ですが、選挙応援も大変なことです。告示の前までは候補者と一緒に友人・知人を訪ねて支援をお願いし、告示後の選挙運動期間中は必要なことは何でもやらなければなりません。事前に予定されることもあればその時の状況で動くことも。

市長選挙と県議会議員選挙。選挙運動期間中に候補者と選対本部がやるべきことや基本的な流れは同じです。どんな政策を市民(有権者)にどのように訴え、人柄や信条・思いをどう伝えるのか。相手候補との違いをどう見せ、支持を広げていくのか。考え方・進め方は候補者によって違います。

それらは事前に候補者と支援者で話し合い、双方が納得していなければ力となりません。また実際にやって、市民の反応から修正することもあります。

今回の選挙には、支援者の一人として係わってきましたが、2つの選挙戦の基本的考え方や進め方に大きな問題があったとは思えません。

しかし、事前運動の不足と支援者の十分な活用が出来なかった点は課題だと考えます。

事前運動はいつ頃から始めたらよいのかについては、候補者・相手候補の置かれている状況やその時の選挙情勢によって変わると思います。長過ぎず短すぎずということですが、人間の集中力はそれ程長くないということもあります。

選挙の応援をしてくれる方々の思いもさまざまです。一部の方は候補者の政策や信条に共感して応援をされると思いますが、ほとんどの方はそれ以外の理由だと思います。候補者の出身地や卒業した学校、勤務していた会社や勤務地等がご自身と関わりがある時、支持につながる事が多いと感じます。

相手候補を支持しないのは、日頃の言動、人柄から支持できない・したくないということではないでしょうか。分かりやすく言えば相手候補が嫌いだということです。また、自分にとっての損得で応援する方もいます。

さまざまな思いの支援者ひとり1人の力を100%以上発揮して頂くには、組織としてマネジメントする能力が必要ですので、候補者と同じくらい(それ以上)の能力と魅力を持つ方を選挙活動責任者に選任しなければならないと思います。

そういう方は少なく、やって頂ける方はさらに稀有です。


選挙戦を終えて

9日間の選挙運動期間を終え、投開票日の朝を迎えました。

久し振りにベランダに出てみると、モッコウバラはつぼみを付けイチョウの木には小さな葉が出ていました。小松菜や春菊には黄色い花が咲き始め、サヤエンドウ(きぬさや)は花をいっぱいつけています。野菜たちも元気です。

埼玉県議会議員選挙に立候補した岩田京子さんの応援に動きまわっていました。1月・2月の寒い時期の選挙と比べると、疲れ方が半分ほどです。

「選挙」は投票箱を開けてみるまで分からないものですが、私は岩田さんの当選を信じています。
選挙の中で最も関心の低い県議会議員選挙。

今回もそれほど投票率が上がるとも思えませんが、吉川市・松伏町ともに少し伸びるように感じます。女性票が増えると思います。
選挙運動を通して感じる雰囲気、空気感です。

常識的には関心・投票率の低い一人区選挙では、自民党公認・公明党推薦を受けた松沢候補が有利だと考えられますが、私は覆る可能性が高いと考えています。
要因はいくつかありますが、一つは候補者「そのもの」の違いです。
性別・年齢・経歴・政策等の違いもありますが、人間としての「信頼感」です。これ迄どう生きてきたのか、なにをやってきたのか(実績)、人とどのように接してきたのか、言動と立ち居振る舞いの違いです。

また自民党公認・公明党推薦の影響力の見方について、今回の選挙ではそれ程大きくないと考えています。
自民党員や自民党支持者の中にも、積極的に松沢候補を応援せず距離を置く方も見られます。公明党推薦での創価学会員や公明党支持者の実際の投票行動は分かりませんが、迷っている方もいるようです。

毎議会後、議会報告(5,500~7,500部)を16年間ポスティングしてきました。近隣地区の方々のリアルな声から私はそう感じています。






選挙戦3日目

3月31日に告示された埼玉県議会議員選挙。

51選挙区、定数93人に対し141人が立候補しました。
無投票の選挙区は16選挙区、23人の無投票当選が決まりました。前回より6選挙区減りました。
東12区(吉川市・松伏町)定数1では、2人の方が立候補しています。松沢 正さんと岩田 京子さんです。

現職の松沢氏は、自民党公認で公明党が推薦したと聞いています。岩田さんは埼玉県市民ネットワーク公認で、立憲民主党・社民党推薦です。
岩田さんが出なければ、吉川・松伏でも前回に続き無投票となるところでした。

岩田さんとは、彼女が吉川市議会議員になって2期7年同じ会派(市民の会・無所属)で議会活動・議員活動をしてきました。

ひと言でいえば、ピュアな人です。
吉川で25年、環境をテーマに活動をしてきた人です。児童生徒への環境教育も座学だけでなく、田んぼや畑で体験する学習の他、マイバック運動やゴミの資源化と削減運動等に取り組んできました。

まっすぐな性格は「グレタ」のようです。
松沢さんとは市議会議員として議会での付き合いです。いろいろな体験や見聞きしたこともありますが、良い記憶はありませんので、ここで書くことは控えます。

選挙戦も3日目。
いろんな方に「どうですか?」と聞かれます。私が岩田さんを応援しているので、選挙情勢と見通しについての質問です。

一般論としては、投票率の影響が大きいと思います。
前回の選挙では、吉川で34%、松伏では25%だったと言います。選挙の中でも「県議選」は最も関心の低い選挙です。
投票率が低ければ、自民党・公明党の組織票で松沢さんが有利です。逆に投票率が上がれば、組織票の影響は低くなるので岩田さん当選の可能性が広がります。

投票率を上げるというは難しいことです。
多くの市民・町民が関心を持つ「争点となる問題」があれば、投票率が上がります。なければ、作り出すのが選挙だと言わています。しかし、実際には簡単ではありません。

選挙運動に係わっていると、つい、応援・支持してくださる方の声や行動を過大評価してしまいます。
良い雰囲気だと、これは「行けるかも」と思ってしまいます。
そこが落とし穴だと思います。

選挙は票の積み重ねです。実際に投票所に行き、投票をして頂かなければ応援・支持は「声」に過ぎず、当選には繋がりません。しかし、時代はSDGsへ。

新たなステージで岩田さんが活躍できるよう力を尽くします。


プーチン大統領に逮捕状

3月17日、国際刑事裁判所(ICC)がロシアのプーチン大統領とマリア・リボワベロワ大統領全権大使(子どもの権利担当)に逮捕状を出しました。

容疑はウクライナの占領地で孤児となった子ども16,000人をロシアに連れ去った戦争犯罪行為に関与した疑いです。

両親と一緒に移送された子どもを含めると15万人近いといいます。
ロシアへの同化を狙った「国家ぐるみの拉致」「戦争犯罪」です。愛国教育を受けさせ、養子縁組をすすめ、ロシア人として兵士にするのでしょうか。
これまで、ウクライナへ戻れた子どもは300人余と伝えられています。

ロシア側からすれば孤児を救うために避難させたと言っているようですが、非戦闘員の親が殺害され孤児になった子やキャンプへ送られた後、強制的に移送させられた子ども達も多数いるようです。彼ら彼女らは、自らの望んでロシアに行った訳ではありません。

今の時代にこれ程恐ろしいことを平然とやる、ロシアという国の指導者の考えが理解できません。

国際刑事裁判所(ICC)は、集団殺害犯罪や人道に対する犯罪など最も深刻な国際犯罪を犯した個人を国際社会そのものが直接裁く史上初の常設の国際刑事裁判機関です。

国際司法裁判所(ICJ)は、国家間の紛争を裁く国連の司法機関ですが、ICCは条約に基づいて設立された国連とは別の独立した国際機関で、個人の「戦争犯罪」を追及し裁きます。成り立ちや役割が全く異なる機関ですが、混同されやすい組織です。

ICCは、2002年に設立され現在123か国が加盟しています。日本は加盟していますが、米・ロシア・中国・インドなどは未加盟です。逮捕状の効力は加盟国にしか及ばず、未加盟国には身柄引き渡しの義務もありません。加盟国であっても実状は、身柄引き渡しをしない(出来ない)ところもあります。

プーチン大統領らへの逮捕状に、欧米各国では相次ぎ支持を表明していますがロシアは、「言語道断で無効」だと主張しています。

実際に逮捕したり裁判にかけることは難しいことですが、ロシアにこれ以上の「戦争犯罪」をさせない抑止力になると思います。少なくとも今後、プーチン氏らがICC加盟国へ行くことは相当難しいことになります。

子どもの連れ去り(拉致)は、時間が経過するほど戻ることが難しくなります。国民の生命・財産・人権を守るのが国家の基本的役割です。最大限の努力で一日も早く解決を図るよう望みます。


慌ただしい日々

この1週間余、本当に慌ただしい日々でした。

先程、市民交流センター「おあしす」から自宅へ戻りました。
今日は、【岩田京子と吉川・松伏をつくる生き活き大集会】が「おあしす」の多目的ホールで開かれ、私も参加しました。

岩田さんとは7年間、同じ会派で議会・議員活動をしてきました。
彼女が3月31日告示の県議会議員選挙に出馬を予定していることから、その応援と激励のためです。

集会は午前10時からですが、会場の設営や受付準備などもありますので8時50分までには到着するように家を出ました。多目的ホールでは、すでに市民ネットの方々を中心に多くの方が準備を始めていました。

スタッフをはじめ集会に参加されている方々は、老若男女さまざま。顔見知りの方もいましたが、年代も職業や社会的立場も異なっているように見えました。
彼女の交友関係と支持層が幅広いと感じます。

オープニングは「フラダンス」でした。1曲目は最初に本人が一人で。その後3人で踊り、2曲目は子ども達中心の、大人と一緒のフラでした。

「フラダンス」をやっていることは知っていましたが、踊る姿を初めて見ました。これまで「フラ」を見たことことはありませんが、長く続けているように感じました。機会があれば現地でも見たいと思います。

選挙がらみの集会で、いきなり本人が「フラでのおもてなし」は、いかにも岩田さんらしいと再認識した【岩田京子と吉川・松伏をつくる生き活き大集会】でした。


*3日遅れのブログ更新。申し訳ございません。
お墓参り・本会議・委員会・一般質問・管理組合の役員決めと引き継ぎ・事業者との打ち合わせ等が続く中、起きたトラブル解決に奔走した10日間でした。




「時代」

ついにこの日が来てしまった。
頑張ってきたのに、だめだった。
しょうがないことでしょうが、「え、そこまでやるのか」という思いです。

3月10日(金)朝刊の「ヨーカ堂33店舗閉店 衣料品事業撤退 食品に集中」に目が奪われました。
セブン&アイ・ホールディングスが、経営不振の総合スーパー、イトーヨーカ堂の店舗を今後3年間で33店舗を閉鎖することを発表。また、売り上げが低迷する衣料品事業から撤退し、食品事業に集中すると書かれていました。

セブン&アイは、株主の米投資ファンドからコンビニエンスストア事業に集中するよう求められていました。すでに売却を決めた「そごう・西武百貨店」に続き、イトーヨーカ堂の立て直しのための措置だといいます。

百貨店に続き、総合スーパ―がこれほど早く「構造不況業種」になるとは思いもよりませんでした。
イトーヨーカ堂を創業した伊藤社長は、かつて浅草にあった洋品店「羊華堂」で働いた後、北千住に1号店を開店しました。
最盛期にはダイエーや西友と並ぶ総合スーパ―として、全国展開していたお店です。

特に「衣料品」は定評がありました。商品の企画から製造までを自前でやることが出来る店だったと思います。
百貨店で衣料品を扱うバイヤーの多くはメーカーが作った物を「セレクト」するバイヤーでしたが、ヨーカ堂は実際に「モノづくり」が出来るバイヤーでした。
業界では、「ヨーカ堂のバイヤーは、ワイシャツの話をしたら1日では終わらない」と言われていました。

中核事業である「衣料品」から撤退するというニュースに、改めて「時代」の変化を感じます。
 

*百貨店にいた当時、副社長がヨーカ堂本社に伊藤社長を訪ねたことがありました。帰る時、伊藤社長が一緒に1階まで下りてきてお見送り頂いたと聞きました。

その後、チェーンストアへ移ってからヨーカ堂本社には仕事で行きました。全てがきちっとしている独特の雰囲気でした。
ダイエー(東京本社・本部?)はいつ行ってもワイワイしていたように記憶しています。当時、日本橋の表通りから数本入った古いビル入っていたジャスコ(現イオン)東京本社は、それほど元気がなかったと思います。今日の大きく発展した「イオングループ」の姿を想像することは出来ませんでした。

「時代」とともに、人も企業も変わります。


今週もまた

3月5日(日)今週もあわただしい日が続きます。
3月定例会での本会議と委員会が中心ですが、県議会議員選挙の打合せや私用等であっという間に終わりそうです。

県議会選挙は、同じ会派にいた岩田さんが立候補を予定していますので応援に入るつもりです。個人的な事では、歯の治療を優先します。

先日行われた市長選の応援中、以前治療した奥歯が割れてしまいました。
市長選後すぐに3月定例会になりましたので、治療することが出来ず、さらに先日その歯が欠けました。奥歯なのでこのままでは不便ですので、今週中に治療に行く予定です。

その他、自分や家のことなどありますがなかなか出来ません。
確定申告だけは3月15日までなので、やりくりをして行くつもりです。その他は3月定例会後ですが、県議選がありますので自由に動けるのは4月半ば頃かもしれません。

この1週間程の間に、かなり春めいてきたように感じます。
ベランダに置いた小さな鉢に「山椒」の木が植えられています。10~15センチ程ですが、小さな芽が出てきました。もうすぐ小さな葉を見せると思います。

またマンションの建物の間を通る緑道に植えた「紫陽花」も、芽が出て葉をつけ始めています。
陽の光や雨がほとんど当たらない場所だけに、何度も植え変えやっと育ってきた「紫陽花」です。
アジサイの花を見れる木もありますが、一度も見せない木もあります。

今年こそは、花をつけてほしいと願っています。